さて今回は腹黒い弟・足利直義の優秀さをこれでもかと見せつけてくれます。徹頭徹尾、能力の優秀な政治家・足利直義。時行くんが対峙してきた「オニ」の中でも最上級で厄介な難敵。何しろ、彼の論理は常に大局を見据え、私情を交えない。なおかつ、時には詭弁や論点ずらしなどの汚い手法も辞さない。それでいて、弁も立ち、知識も豊富ときたもんだ。そんな難敵とどう対峙していくか?が今回の時行くんの肝。それでは本編感想参ります。

 

〇ディベート上手の腹黒い弟

解説「足利直義の対談本『夢中問答集』仏教への理解を庶民に広げる目的の所で直義が仏教の疑問や矛盾を鋭く指摘し、偉い坊さんから真理の答えを引き出していく。

直義の知識と論戦力があって初めて成り立つ企画である」

ここで登場する「偉いお坊さん」とは国師とまで言われた高僧・夢窓疎石。鎌倉幕府~建武政権~足利幕府までの激動の時代で、そのいずれも厚い信頼と帰依を受けた当時の宗教界最高の存在。当然ながら南北朝のラスボス・足利尊氏と腹黒い弟の直義の足利兄弟も深く帰依をしていました。また、それのみならず各方面に顔が利く立場故に仲裁者として異なる勢力間や諍いでも橋渡し役を演じました。これは単なる時の権力者と結びつくだけでなく、幅広い層から尊崇を得ていた夢窓疎石の人望故があればこそ。逃げ若本編でもこの後に出番があります。そんな当代一の宗教界の権威に対しても、矛盾や疑問を容赦なくぶつけ、それに対して夢窓疎石が穏やかに禅の奥義を説明していくという形式で、その対談集をまとめたのが書籍です。ちなみにこの辺でも足利兄弟は非常に対照的で、兄の尊氏は煩わしい現世から厭世的で盲目的にすがりつくように帰依していたのに対して、弟の直義はそんな高僧に対しても遠慮なくズバズバと論戦を挑む博学多識とそれを現実の論戦に挑むくらいのある意味ドライさと合理主義がある。そして、そんな腹黒い弟に対して、「正義」の論戦を挑む時行くん。完全に幼子が相手の得意なフィールドに入り込んでしまった感じで、「飛んで火にいる夏の虫」直義は内心でほくそ笑みます。

腹黒い弟「この直義に幼い口で論戦を挑む。その代償は大きいぞ、北条時行!」

かくして時行くんVS腹黒い弟との論戦による「北条と足利の正義」を巡る論戦が始まります。まずは直義は北条による「悪政」とそれに対する批判にこたえようとしなかった北条の硬直した体制を指弾。そのうえで、最早勝ち目のないに戦にもかかわらず、徹底抗戦した結果したとして多くの民を巻き込んだとして、全ては北条が悪いと断罪します。

勝ち目のない戦にも関わらず、最後まで抗戦し、無益な犠牲を出した。

この辺を「侵略者の勝手な論理」と捉えるか、それとも「冷厳なる現実として見つめるべきか」歴史を見る上で難しい命題です。当然ながら「北条」の生き残りである時行くんからすれば、納得できるものではありません。鎌倉こそ北条の故郷であり、

時行くん「故郷を守るために戦うのも故郷に帰りたいと思うのも当然の気持ちだ!」

北条の兵士からすれば、これもまた当然の論理。陣中でもそーだそーだと賛同する声が響きます。しかし、腹黒い弟はそれを「個人の正義」と一蹴。国を治める者の正義は大局を見据えるべきと。常に大局を見据え、私情を挟まない腹黒い弟の「正義」は一向に揺るぎません。

腹黒い弟「私情を挟まない公正な政治こそ足利の正義!復興を遂げた今の鎌倉が我らの正義を証明している!」

既に足利の手によって再建された鎌倉を誇るように持ち出し、更にそのうえで鎌倉を戦災で傷つけたくないために出撃してきた彼の言葉だからこそ重みが違います。時行くんはそれが滅ぼした北条の土地や財産をかすめ取ったうえでの所業と反論しようとしますが、そこで論点をすり替えられてしまいます。分が悪いと見れば、論点ずらしをする。直義が単なる理想に燃える政治家であるだけでなく、時には「政治家の狡猾さ」も行使する。彼が「責め」ポイントにしたのは

腹黒い弟「さっきからえらく流暢に口が回るな。私が知るお前は別に口達者ではなかったはずだ。それは本当にお前の言葉か?まるで…誰かに憶えさせられたかのようだ」

と10歳の幼子がかくも「論理的」に反論してきたのを逆手にとって、実際には頼重さんから「仕込まれていた」という点をもって、実際には頼重さんの傀儡として動いているにすぎないと論破。実際、確かに当時の世評としてはまだ幼児にすぎなかった北条時行という子供が自分の意志で動いているとは誰もが考えていなかったでしょう。

諏訪頼重という有力者に担がれた「神輿」

当時の大方の人が時行くんと頼重さんに抱くイメージとしてはこんな感じだったのではないでしょうか。

滅びた権力者の家の遺児を担ぎ上げて、実態は自らの天下取りの邁進する大人。腹黒い弟の指摘はまさにそんな事情を知らない

外部の人々が抱くこの時行軍のイメージを利用することで、逆にそれを指弾する対象としてしまうエゲツナイ手法。もちろん時行くんが北条の正統性について練習してきたのは自らの意思。そしてその後の彼の行動は明らかに彼自身の意志であったのは明らかなのですが、外部の人間にはそれが分かりません。ただ、そのことをもって「大人に利用された子供」という構図を作り上げられると反論の術を失ってしまいます。そのうえで、畳みかけるかのように「子供の抱く感情を利用しての戦乱を引き起こした」とまさに巨人が子供を握りつぶすかのように時行くんを断罪した腹黒い弟。

最早それはいくら帝王学教育を受けたこの侍王子をもっても絶対に敵わない政治家としての格の違いでした。たとえそれが詭弁・論点ずらしに過ぎず、正しさという意味では理はこちらにある筈なのにもはや反論することができない。

今までの「オニ」とは全く異なる一見すると高貴なる「仏」のような存在でありながら、その実鉄壁のような存在『金鬼』

 

〇戦いに正しさはいらない

論戦は完全に腹黒い弟のペースに。最早決着はついたと見た直義は助け船を出すかのように優しい言葉を出します。今すぐ降伏すれば、鎌倉に帰れるし、一族の供養も行えると。何だか甘い言葉のようなんですが、これもまた直義としては100%優位に立ったと確信したからこその勝者の寛容でもあるのですね。しかし、皮肉なことにこれが時行くんに反撃の機会を与えます。

或る意味吹っ切れたかのように泣きそうになりながらも笑顔になる時行くん。うん、この辺は後々南北朝のラスボスに勝利を収めながらも「たとえ敵対したとしても兄は征夷大将軍だ」と兄貴に余計な情けをかけて「恩賞宛行権」を奪っておかなかったばっかりに

敗軍の将の筈の南北朝のラスボスに主導権を奪われてしまった腹黒い弟らしさ満載(笑)頼重さんが更にヒントを与えます。北条の問題を否定はせず、「修正すべき点」があったという形でソフトランディングに反省点を述べ、そのうえで「どういう政治が悪い政治か」ここで時行くんは反論の糸口をつかみます。私情に基づく政治は謀反を起こしてでも滅ぼすのが足利の正義と再三自分で述べていたのは腹黒い弟。しかし、そこで一言も触れていなかった存在がありました。

時行くん「北条よりも遥かに私情に偏った…後醍醐の帝の悪政の事には!」

たとえ北条の政治にも問題があったにせよ、きちんと現実に根差した政治を行っていたのに対して、朝令暮改の見本のような混迷を極めて、多くの人の不満を買っていた後醍醐帝の政治。それはまさに腹黒い弟には触れられたくないアキレス腱でありました。そして時行くんははっきりと明言します。

一度裏切った者は何度でも裏切る。

建武政権の事には一言も触れなったのはいずれ足利が後醍醐帝すらも否定してしまうからだ。北条もそして帝すらもいずれは踏み台にして自らが取って代わらんとしている野心を指弾した時行くん。これには足利の兵士たちにも動揺が走ります。でも多分、一番この場にいて動揺しそうなのは

南北朝のラスボス「え?ワシ、帝に謀反を企てていることになっているの?(震え声)」

間違いなく一番に混乱していそう(笑)何とか子供には難しいと話をはぐらかそうとする腹黒い弟ですが、そこには今までの鉄壁のうような圧の論理はありません。一番触れられたくないポイントを突かれてしまったことが弱みになってしまったのでした。そしてここからは敢えて「子供の論理」でもって対抗する時行くん。二度も主君を裏切るような野心家に従えと言われたとしても

それにしてもこの論戦での絵、本当に「畳みかける」という表現が似合いすぎる。

先ほどは握りつぶす容赦なき腹黒い弟の絵が出てきたかと思えば、今度は渾身の言葉を叩きつける時行くんの構図。

更に時行くんは言います。たとえ天下を奪ったとしてもそんな足利には多くの武士が逆らい続けて、今よりずっと酷い戦乱の世が来るだろうとまさに後の「観応の擾乱」や数々の戦乱が絶えなかった室町時代を予言するかのように言います。実際、観応の擾乱とその後の混迷に関しては直義の行動の数々がまさに「引き金」となっているのだから「その通り!」としか言いようがない。ただこれだけ「後醍醐帝の政治」を「悪」と断罪してしまうと、後に時行くんらの行動原理にも無理が生じるのではないか…とこの時が思っていました。果たして松井センセイはどのように理論武装してくるのか…まあそれはおいおい触れることにしましょう。いずれにせよ、「公」の論理ではない「私」の論理で対抗した時行くん。こういう時は「若君」という子供の立場だからこそ人々の琴線に触れるものがあったのは確か。北条軍の士気は一気に跳ね上がります。

腹黒い弟(強い私情で予言した未来は私ですら反論できない説得力がある。侮っていた。目の前の子供の激情(おもい)の強さを!)

直義でさえ、目の前の子供の真価を見誤っていたことを認めざるを得ないほど強さを見せた時行くん。もはや話し合いの余地はないとみた時行くんは宣戦布告します。

時行くん「これ以上は問答無用!戦おう直義!」

一見すると腹黒い弟が交渉による解決と慈悲を見せていたのを一蹴したかに見える時行くん。しかし、足利と徹底的に戦うと決めた彼の決心は揺るぎません。いよいよ戦いは開戦へ!