(マッチの擦る音と共にどこかからか聞いたようなBGMが流れる)

ボルテック「おはようシューマッハ君、久しぶりのオーディン帰還は楽しめたかね?さて諸君らに課せられた使命だが、ローエングラム公に軟禁下にある新憂無宮におられる幼帝エルウィン・ヨーゼフ陛下を誘拐…じゃなかった救出をすることである。これによって、ゴールデンバウム王朝復興の足掛かりとなることであろう。カギとなるのはランズベルク伯のご先祖が持っているとされている新憂無宮への秘密の通路だ。2人でよく相談し、ミッションを成功させたまえ。なお、君もしくはランズベルク伯が捕まってもフェザーン当局は一切関知しないからそのつもりで。なお、このビデオメッセージは5秒後に消滅する。諸君らの成功を祈…」

シューマッハ「そうはさせるか!俺達に危ない橋を渡らせて、成果は自分たちで横取りしようとするフェザーンの狙いはまるっとお見通しだ!我々を成功させたいなら、お前らにも協力してもらおう。まずはお前が直接くることだな」


ミッション・インポッシブル!幼帝誘拐大作戦 開幕!

え?違う?まあミッション・インポッシブルという割には随分とまあイージーな潜入だったので、ここら辺はもう少しハラハラ感を出してほしかったかな、と昔石黒版を見ていて思ったものです。何しろ、警備兵は少ないわ、侍従たちはやる気ないわで全然ダメダメじゃん。これじゃラインハルトの黙認があったとしても、いずれエルウィン君が逃げてしまってもおかしくはない。さて、そんなこんなで、今回の目玉はボルテックとシューマッハ。それでは本編感想参ります。

 

〇ボルテック、論破される

前回からの続きで、完全にラインハルトのペースに乗せられて手玉に取るつもりが完全に取られてしまったボルテックは弁務官事務所に帰着します。書記官から交渉の成果を確認されると、怒り心頭。ラインハルトから「場合によっては同盟と手を組んでフェザーンに出兵することもありうる」と恫喝を受けたと生の感情剥き出しで語りだします。それに対して、「まさかそんなことありえない」と鼻で嗤う書記官に対して、ボルテックは無言で


あ、これは違った。でも表情と本音は完全に一致だと思う。

原作・石黒版ではボルテックは書記官に対して、「決してあり得ない空論ではない」ということを懇切丁寧に説明しているのですが、ノイエ版は無言の表情で一刀両断。余談ですが、「本来不倶戴天の敵同士の国家が『目先の利害』で手を組む」というのは歴史上実は珍しくはないことです。そのもっとも最たる例が

独ソ不可侵条約でしょう

1939年、ポーランドとの係争領土問題を巡って、ドイツと英仏の対立がいよいよ発火間近になった時、ドイツの総統アドルフ・ヒトラーはポーランドへの全面侵攻を計画していましたが、ある国の動向が障害となっていました。それこそが、ポーランドの東にある共産主義国家ソビエト連邦であり、もしソ連がポーランドへの支援のために出兵してくれば、英仏と挟撃態勢に入り、ドイツは再び二正面戦争となります。そのために、何としてでもポーランドを挟撃するためにソ連と手を結ぶことを考えるようになっていました。そして、それは英仏としても同じであり、両者は何とかソ連を自陣営に味方につけようと外交交渉を開始していました。しかし、英仏ポーランドは元々ソ連を(ナチスドイツより)警戒していたこともあり、交渉は遅々として進みません。それ以上に彼らが固定観念として支配していたのは「スターリンがヒトラーと手を結ぶなんてありえない」というまさしく「帝国と同盟が手を組むなんてあり得ない」と言った先の書記官とまさに同じ観念に支配されていたのでした。それはそうです。何しろファシズム国家であるナチス・ドイツが、しかもその支配者であるヒトラーは常々共産主義を敵視していました。更に、この時ドイツはイタリアとそして、地球の裏側の『帝国』と三国で防共協定というソ連を明らかに念頭においた盟約を結んでいたのですから、一部に上がった「ドイツとソ連が手を結ぶ可能性」など誰もが一笑に付していたのでした。

その『まさかあり得ない』ことが実現してしまった

世界から不倶戴天の敵同士と見られていた両国での不可侵条約締結はまさに全世界を大パニックに陥れるほどの衝撃をもたらしたのです。スターリンはこう言っていたと言われています。

スターリン「代数学よりも私は算術を好む」

要するに代数(イデオロギー)という複雑な思想よりも、算術(目の前の国益)を優先させる現実主義的外交ということですね。かくして、両国に完全に挟み撃ちにされる形となったポーランドは僅か1か月で消滅。再びドイツとソ連(ロシア)によって分割されてしまう結果となったのでした。しかし、所詮は目先の利害が一致しただけの薄い関係。緩衝国であったポーランドが消滅したことで、両者の関係があっという間に元の敵対関係となり、やがて僅か2年足らずでドイツとソ連は人類史上最大最悪の戦争独ソ戦という形で破局へと向かうことになったのでした。スターリンはドイツが敵に回るやあっという間に米英と接近し、その支援の下で勝利を収めるに至ったのでした。

 そう考えるとボルテックが語ったような「帝国と同盟によるフェザーン共同出兵」というのも決して絵空事ではない、というのは現実の歴史が教えてくれます。同盟にとっては自分たちの財布の紐を握るフェザーンそのものを消滅させることで債権踏み倒すという「欲」の誘惑は耐えがたいものでしょう。もっとも仮に実現したとしても、独ソがそうであったようにあっという間に両者は再び敵対関係に戻るのも自明の理。もっともそうなってもラインハルトにはまったく不利にはなりません。何しろ、これによって堂々とフェザーン回廊を使用することが可能になるのですから。外交とはいくつもの選択肢を持てる者が勝つ。馬鹿の一つ覚えのように「○○は敵!今は○○との同盟強化で対抗しよう!」としか考えていないような国はまあいずれ同盟と同じ末路辿るだけしょう。何しろ彼らもまた(○○と○○が手を組むなんてあり得ない)と考えているのですから。おっと、話が逸れてしまいましたね。失礼。

そういうわけで今後のことで思案にくれるボルテック。書記官からは計画の中止とランズベルク伯らの処分を提案するのですが、ボルテックとしては自らの保身を考えて、またフェザーンの裏にある「組織」の事を考えて、当面は遂行することを決定します。これがやがて銀河の歴史を大きく動かすことになります。

 

〇オーべルシュタインの粛清録

一方、まんまと一本取ったラインハルトはルビンスキーの陰謀について、オーべルシュタインと今後の動向を協議します。とりあえずは「へぼ詩人」たちの「幼帝誘拐」をさせてみることにするのですが、実は原作には石黒版・ノイエ版双方にない会話があります。

それは元帝国副宰相ゲルラッハの処遇問題。かつて一時手を組み、そして粛清された帝国宰相リヒテンラーデ公の側近であったゲルラッハは、クーデター後に職を辞して、ラインハルトへ恭順することで辛うじて助かったのですが、この時に実は

ラインハルト「そうだ、ついでにゲルラッハに「皇帝誘拐」の共犯の罪を着せて、粛清したろ!目障りだし、ちょうどいい口実ができた。奴もゴールデンバウム王朝の廷臣として処断されるなら本望だろう」

これは酷い

他ならぬラインハルト自身もゲルラッハにそれだけの陰謀に係るだけの胆力があるわけでもないし、冤罪であることが分かっているのにこのえぐ過ぎる展開。流石に、両アニメ版共にスタッフとしては「いくらなんでもこれではラインハルトが酷すぎる」と判断して、カットしたと考えるべきでしょう。ただでさえ、ラインハルトは昨今では色々と「ヤバイ奴」という評価と非難がSNS上で駆け巡っていますからね(私も否定はしない)まあ個人的には

ゲルラッハ「増長させておくがいいでしょう。たかが成り上がり者一人いつでも料理できます」

自分が同じことをしてやろうと考えていた相手から同じことをやり返されても文句は言えないよね、という皮肉のスパイスが効いた原作者先生の考えから来るものでしょう。マジで、田中センセイは鬼畜か。

 で、その話題はカットされ、オーべルシュタインは率直に「皇帝を誘拐された場合の責任者の処分問題」について言上します。それまではまるでゲームを楽しむかのように言っていたラインハルトですが、その側面について全く考えていなかったという点に彼がまだまだ未熟さが露呈しています。そう、「敢えて誘拐されるのを見過ごす」というのは易しですが、それがもたらす被害を全く考えていなかった。宮殿の警備責任者であるモルトについて容赦なく、無実の罪で処断するように迫るオーべルシュタインさん。更にその対象はモルトの上司であるケスラーにまで及びます。本当、これケスラーまで巻き添えにされたらこんな理不尽な話もそうはないでしょうね。実際、今回のラストでケスラーは色々と察してしまいますから。それでも何とかケスラーにはあくまでも「戒告と減俸」という軽い処分で幕引きを図ります。そして、気まずい会話は終わりだとばかりに会話を打ち切ります。

 帰宅したオーべルシュタインですが、執事のラーベナルトには軽い食事でいいと「ローエングラム公から今一度呼び出しがあるからと」予測していました。それにしても相変わらず寝ているだけのオーべルシュタインの犬(笑)その通りにシュトライトから呼び出しを受けたオーべルシュタインはそのまま再び出仕するのでした。それはエルウィン・ヨーゼフ2世が誘拐された場合の代わりとなる皇帝の存在。オーべルシュタインが用意したのは「先々帝ルードヴィッヒ3世の第3皇女の孫」ですが、あ~これやっちゃいましたね。実はこれ原作の誤植であり、先々帝は「オトフリート5世」(フリードリヒ4世の父親)です。石黒版ではここ、きっちり修正されていたのになぁ…それにしても第3皇女の孫、しかも父親のペクニッツ子爵には継承権が無いということは母系ということですから、限りなくかなりの傍系に属します。「男系相続」の根本からすれば、あり得ないのですが、元々ゴールデンバウム王朝自体、男系の直系は初代ルドルフ一代限りで、2代目から女系へと移り変わっているので、ゴールデンバウム王朝でもこれは仕方ないと思った模様。そしてこのカザリン・ケートヘンという女児、まだ生後5か月の赤ん坊ということで、歪んだ笑いをしてしまいます。

ラインハルト「よかおろう、その赤ん坊に玉座をくれてやろう。子供の玩具としては多少面白みに欠けるが、そういう玩具をもっている赤ん坊が宇宙に一人ぐらいいてもいい」

世襲制を断固として否定するラインハルトからすれば、これほど愚劣な光景もないということでご満悦の模様です。

なお、後に更に幼い生後2か月の赤ん坊を後継者にした初代皇帝がいた模様

ここら辺、まさに原作者先生が狙った通りの凄まじいブーメランぶりです。

 

〇シューマッハの視点

ケスラー配下の憲兵による監視を警戒しつつ。ホテル内でランズベルク伯と皇帝誘拐計画を進めるシューマッハ。何かもうランズベルク伯の°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°した目が色々な意味で痛々しい。ご先祖様が作っていた「秘密の地下通路」を利用することで、皇帝を自分達帝国人の手によって救出することにすっかりウットリしているランズベルク伯。一方、シューマッハはそもそもランズベルク伯が愛飲している帝国産ビール(流石はドイツルーツの国、やはりビールは絶対欠かせませんね。ドイツ=ビール、これ絶対な!)もホテルも全てフェザーン資本ということを口には出さず、全てはフェザーンの掌の上でと自覚しながらも、何か決意するかのようにランズベルク伯が寝てしまった後にビン飲みします。

 ところが図らずもケスラーの下にオーべルシュタインから監視を解くように命令が下ったことで、自由に活動できるようになったシューマッハ。その彼の眼を通した形での帝国の市民社会の変化が描かれます。ここら辺の生活描写に力を入れるのはある意味、ノイエ版の得意分野。官憲や兵士と彼らと接する市民たちの反応からの帝国の変化を感じ取っていたシューマッハ。

 そして彼がある接触場所に選んだのは図書館でした。相手は強引に呼びつけたボルテック。計画に実行を移す前にフェザーン側にも支援と陽動工作をするよう要求を突きつけます。完全にシューマッハに言われるままのボルテック。ほら、やっぱりこの人は交渉人向きではない。ルパートだったら、こうも相手の言われるままのペースには乗らないでしょう。その意味でもやはり致命的な人選ミス。この後に描写されている通り、ボルテックはきちんと陽動工作については手抜かりなく実行し、なおかつ証拠も残さず綺麗にやり遂げているんですね。これらの描写を見ても、ボルテックは無能ではなく、こういう実務については非常に優秀なのです。単に外交官には向いていなかっただけ。

 それにしてもちょっとツッコミを入れると図書館のような屋内を秘密の接触の場にするのはどうよ?と思ってしまいます。いや、まあこれは多分帝国社会の変化として一緒に「本を読み、知識を付けるようになった帝国市民たちが図書館を利用する」光景によって「帝国の改革」の成果を見せようというスタッフの狙いがあります。もちろんそれはいいのですが、やはりここら辺のリアリティを求めるならここは屋外にすべきでしょう。あんな人のいる屋内では会話を聞かれる恐れはあるし、盗聴などされていては一たまりもない。ちなみにかつての東西冷戦時代の「東側」ではこういう秘密の会話をする時には

「森に散歩に出る」

のが常識でした。当然ながら森で移動しながらですと盗聴はできませんし、尾行者の存在も察知しやすく、尾行を撒くのも容易だからです。石黒版ではシューマッハとボルテックの秘密の接触の場は確か公園でしただけにね…

 

〇幼帝の狂気

ボルテックが用意したダミーの「共和主義者の拠点」に摘発に乗り出し、まんまと陽動に引っかかった憲兵隊。その裏ではランズベルク伯とシューマッハらが秘密の通路を利用していました。なかなかインディ・ジョーンズ風に天井からの落石トラップがあったり、指輪に反応する隠し扉があったりとなかなかのバイオハザードをプレイしているかのような感覚。ここでゴロゴロ転がる巨石があれば完璧でした(笑)

 そして宮殿に侵入した後はあっさり幼帝エルウィン君の寝室に到達する2人。

エルウィン・ヨーゼフ2世「この者は何故跪かぬのか」

エルウィン君、何か7歳の割には大人っぽい口調と顔つきです。いや、演じているのは女性声優さんですが(ちなみにキャゼルヌの娘さんであるシャルロットと兼役です)それにしてもなかなかドスがきいている。一人で寝室にいるときにも何かこう孤独な環境が彼の精神を蝕んでいるかのように目つきがヤバく、コミュニケーションが全くできていない。ランズベルク伯が滔々と「救出にきた」と語り掛けますが、単に癇癪を起すだけ。声と言い、色々な意味で精神がヤバい次元へと向かってしまっています。かくして、まんまと「誘拐」してのけた2人は新憂無宮から脱出。

 一方、皇帝誘拐の報がもたらされて、至急警備責任者のモルトは探索させますが、「皇帝像の下では我々では調査できない」という部下の報告で完全にアウト。ああ、余りにも理不尽。そして報告はケスラーの下へももたらされます。至急、オーディン内に警備を強化するよう指示を出しますが、そこへ思い至ったのがランズベルク伯らの監視を解く命令が出た直後に起きたタイミング。彼は「ある結論」に至りますが、ここで語ることはありませんでした。それにしてもケスラー、本当に政治的判断ができるという意味ではやはり他の帝国軍提督らと一線を画している。今回の場合もケスラー、最終的に秘したままでいました。モルトが無実の罪で死に追いやられても、それについて沈黙を保ちます。これが先代のケスラーでしたら

先代のケスラー「私は危うく最高の政治ショーを台無しにする所だったよ」

とか言いそう。ということで、憮然とするケスラーの場面で物語は〆。続きは第2章で。それではまたお届けします。