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〇豪雨の下北半島

青森県東部陸奥半島、ここは一度2010年、東北新幹線新青森延伸までに一度大湊線乗り潰しのために、一度訪問したきりでまったくの真空地帯となっていた城でした。理由としてはやはり陸奥半島北部まで行こうとするとそれだけで半日を要すること、そして何よりも決定的なのはやっぱり最終的には青森まで引き返すという時間的ロスをどうしても解決できない点にありました。しかしやはり一度はきっちり訪れてみたいと思い、今回の訪問記となりました。計算では15時に野辺地を出発して、17時散策、18時には再び大湊線で再度青森まで戻るコース。七戸城まではまだ曇りのままでしたが…

七戸十和田駅からバスで無事青い森鉄道野辺地駅まで到着

かつては大動脈・東北本線の幹線駅として栄えた野辺地駅、しかし東北新幹線ができ、遠距離客は新幹線に移行してしまい、今ではそのターミナル駅も栄枯盛衰の歴史がここにありました。東北本線は第三セクター鉄道・青い森鉄道となったため、大湊線との乗換駅と同時にJR東日本としては飛び地路線となっています。そのため、八戸・青森~ここまでは下車無しなら野辺地まで使える特例があります。でも、これ思ったより使い勝手が悪いんだよな…

かつては駅そばなどで栄えた構内も今は昔

ここからJR東日本の気動車に乗り換えて、大湊線を乗車!

途中陸奥湾沿いのオーシャンビュー…でも雲行きが怪しいぞ

とうとう途中から降りだしてきました。

中間駅の陸奥横浜駅

1時間かけて終着駅の大湊駅に到着

てっぺんの終着駅として有名で、10年前の時には結構人でごった返していたものです。今となっては面影はありませんが…

雨は結構激しくひどくなってきました。

再び大湊線で一駅手前の下北駅へと向かいます。

本州最北端の駅である下北駅

ここから田名部城までは市街地を25分ほど歩くことになります。ただ雨が結構キツイ…

既に靴がずぶ濡れとなりました。

田名部城は現在では代官山公園となっており、一応は城跡となっています。

もっともかなり公園となってしまっており、城跡としての面影を探すのは難しい。

雨の中で城跡散策は厳しいものです。

そんな中で数少ない城跡の遺構を発見することが出来ました。

まるで箱庭のように保存された田名部城土塁跡

しかし!塀に囲まれており、今はまだ全貌を見ることが出来ません!なんてこった!

公園の入口は分かりにくくまたしても草むらの中を強行突破することになりました。

 

さてここで問題が!思ったよりも公園の入口を探すのに時間を要したために、このままいけば帰りの大湊線の八戸行きの列車に間に合わない!次は3時間後!

追い詰められた私はとうとうタクシーを利用することにしました。しかし如何せんこんな場所でタクシーを流しで発見できるわけもなく、どんどん貴重な時間が減っていく…そんな時、幸いなことに商業施設があり、そこにタクシーが常駐しているという幸運発見!何とか間に合って下北からまた青森まで戻ります。それにしてもこの大湊だけはケチがついてしまいました。何とも残念。他はほとんど雨に遭わなかったので何とも不運感が強かったです。

 

〇歴史

田名部城は下北半島のむつ市中心部に位置しています。康正年間(1455~56)に蠣崎蔵人が南部領を攻撃した時に、逆に八戸南部氏に攻め落とされ、田名部城の城代として新田盛政が治めたことが史料に残っています。これ以後、田名部城は南部の統治下におかれ、以降南部藩統治下におかれます。

幕末戊辰戦争後に南部藩は減封され、会津藩は三戸や田名部などに転封となったことで、この辺り一帯は斗南藩統治下となりました。

 

〇アクセス

JR大湊線下北駅から徒歩30分

 

「田名部城に狼煙が一本…」