遂にこの時がやってきました…中先代の乱遂に決起する時が来たことを!思えば『逃げ若』が連載開始したのが2021年、そこから1年でもう「中先代の乱」となる。もちろん時行くんの長い戦いから見れば、あっという間でしょうが、何よりも重要な

諏訪頼重さんという時行くんの保護者に当たる存在

彼が退場してしまう時、物語はどうなるのか?それが今後の気がかりとなります。遂に始まった南北朝時代の歴史を大きく動かす天下大乱『中先代の乱』今回はその決戦前夜。ここまで時行くんと彼を取り巻く人々が遂に大きな歴史のうねりへと身を投じる時です。それでは本編感想参ります。

 

〇間違えた才能の使い方・麻呂国司

南北朝時代の歴史を大きく動かす決起が信濃中に轟きます。その一方は領地を麻呂国司の浸食によって大きく領地を失った保科・四宮たちの下に届きます。「御使い様」こと時行くんに諭され、「潔く死んでも何も残らない」という言葉が報われた瞬間です。

保科・四宮「ついに明神様が立ち上がり…奴等に鉄槌を下さる!」

という2人がイメージするのは小笠原貞宗と麻呂国司を頼重さんがビンタする姿。まあ「神様が俗人ごときを剣を振るってSATSUGAI」するというのも違和感があるので、これはこれで正解といえるかな。いずれにせよ、「親北条」ということで迫害され続け、圧制に耐えてきた諏訪神党の武士達にとってはまさに「時は来た」。そしてその先鋒を任されたのは他ならぬ麻呂国司こと清原信濃守によって多くのものを奪われてきた保科・四宮が火ぶたを切るわけです。当然ながら彼らにとってはまさに「復讐」の機会。

 

一方、まさに「目の仇」とされていた麻呂国司はラスボスによる唾液での神力注入によって最早明らかに正常ではない状態で一心不乱に「何か」の制作に取り掛かっていました。国司館に勤務する公家役人たちはそれを固唾をのんで遠巻きに見ているばかり。2度にわたる保科党の戦いで麻呂国司は固有の武力ともいうべき「国衙近衛」の指揮官であり、粗暴でありながら屈強な武士たちを統率してきた米丸を失い、弱体化。さらに財力を投じて集めた屈強な武者たちも「戦闘神輿」での戦いで失ったままで、戦力増強を図る余裕はない。それでもその「やる気」と「行動力」は凄まじさは役人たちも認めるところ。特に設計図や資材の手配など前回の「戦闘神輿」でも顕著だったように建築関係の計数には明らかに優れた才幹。単なる「無能な公家」とは言い難い異質な才能の持ち主でした。


工事の現場監督として生き生きと活躍する姿の麻呂国司

まあ結局、人は生まれる時代と国、そして環境を選べることはできない。例えば、ある歴史上で悪名をボロクソ言われる人間も違う時代と環境に生きていれば、全く異なる活躍で歴史に名を残せたかもしれない。私の大好きな武田四郎勝頼などは本来、その統治者としての手腕は決して暗愚などというものではない得難い公正さと高い識見を持った名君の素質十分なものでした。彼の不幸は「偉大なる戦国大名」などという虚飾に塗れた男の「庶子」に生まれてしまったことが最大の不幸。もちろん人は必ずしもその才能を活かせるとは限らない。麻呂国司の場合の不幸は「後醍醐帝」というカリスマに特化した怪物帝王に抜擢されて「統治者」として送り込まれたことが不幸。そして、足利尊氏という無自覚に他者を狂わせ死なせる天才に心を委ねて、結果異形として果てることになったのが不幸でしょう。もちろん、そこには彼自身にも大きな「欠陥」があったからなんですが…こういう形で麻呂国司(正確に言えば、そのモデルとされた清原信濃守)もまた「歴史に翻弄された哀れな人間」という視点を持つ松井センセイの歴史に対する視点は本当に驚嘆したくなります。

 

〇「武家の神」として生まれ

そしてここにも「生まれた家」によって生き方を選ぶことができない一組の父子の姿がありました。クソガキ…あ、ゴメン、間違えた。決起の時に向けて、「諏訪明神」の座を託されることになった頼重さんの孫である諏訪頼継は父親である時継との対面の場面を迎えていました。「何故滅びた家の子供(時行くん)のために父や祖父が命を懸けて戦いをしなければならないのか?」と子供だからこそ言えてしまうセリフです。もちろん当時の社会においてはそこには明確な理由がありました。時継から語られるのは「諏訪」が北条によって引き立てられた「恩顧」の歴史でありました。この時代においては「帝」と並ぶ現人神とされた諏訪明神。それこそ近代で「帝と並ぶ現人神」なんて本来は存在そのものが抹消されかねない危険な「概念」であります。これもまた時代によって異なる思想の違いを示していて本当に賞賛要素。坂東武士として朝廷…引いては天皇家との抗争を繰り広げた北条家は「現人神」の帝に対抗するための「武家の神」として諏訪家を引き立て、優遇したのでした。それはひいてはまさに現在進行形の『鎌倉殿の13人』で主人公の北条義時らが戦っているように

「武家が公家から精神的に独立できる」ための政策の一環。それによって諏訪家は繁栄してこれた。その「御恩」が今立ち上がる理由。もちろんそこには北条与党として建武政権に目の仇にされて圧迫されている信濃の民を救うこと、諏訪家本来の未来のため、悲運の王子である時行くんを助ける「義」のために「戦わない」選択肢など最初から存在しない。

人は誰しもその時代の「宿命」からは逃れられない

最後に万が一の時を父親から託される頼継。戦に出る以上は「万が一」の可能性を考えないといけないのです。そもそも頼継への「明神」の継承も「現人神」が戦場で死ぬ可能性を考えてのことなのですから。とまあ非常に切ない場面。最後に父親から託された言葉で涙が出てきた頼継。彼もまた時代に翻弄された一人と言えるでしょう。

諏訪時継「少し我儘に育ててしまったが…お前の本質は義理堅く優しい子だ。自分の良心に悔いなきよう生きるのだ」

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こんなヒドイ顔芸のできるクソガキのどこが義理堅く優しいのかというツッコミはおいといても切ない場面です。

 

〇挙兵前夜

そして逃若党の面々もまたそれぞれ戦いに向けての決意の姿が描かれます。まずは副将の弧次郎

祢津弧次郎「んじゃ行ってくるっス。御跡目」

弧次郎が挨拶しているのは弧次郎とは髪が黒い以外は顔が瓜二つの少年。彼こそは祢津家の次代当主となる少年


ここで祢津頼直と弧次郎との微妙な関係の真相が明らかとなりました。弧次郎は元々病弱な「祢津小次郎」の「影武者」として、そして表向きは「小次郎」として「表向きの顔」となるべき存在として育てられた少年。

こちらもまた「生まれた家」によって重い生き方を背負った子供

であったのでした。ああ、そうかあのバンダナは「髪の色の違い」を隠すためのものか。「祢津」の家名とそしてその功績を「小次郎」のために戦わなくてはならない環境にある弧次郎。でもそんな環境でも屈託なく笑って戦いにいける彼は本当にいいよね。そんな生き方故に時行くんの郎党として戦い続けてきたわけですが、でもそんな彼にとってはまさに「理想の主君」に巡り合えたことが何よりの生きがい。ああ、頼むから弧次郎、生きてくれ。

「生き残った者」としての立場を背負う泰家叔父さんは亡兄である高時や西園寺公宗らを思い、沈思黙考中。飯を大量に食う望月と亜矢子の父子。流石は豪快な父娘だぜ!海野幸康に密書を届ける雫ちゃん。何かを練習中の玄蕃。

 

〇時行くんと頼重さんの一夜

未来の風習である「枕投げ」を楽しもうとする頼重さん。時行くんが「それ木の枕ではやっていない!」と至極まっとうなツッコミ。本当にこの人は孫まで持った大人なのか(笑)

かくして髪をほどいた時行くんと頼重さんの濃密な一夜(意味深)は始まります。

出陣前夜ということで同じ部屋に寝ようと言い出した頼重さん。美少年と同じ布団で寝ようとかラスボス以上にヤバすぎww


絵面的には腐女子(腐男子)も喜ぶイチャイチャでしたが、結局は違う布団で体力消耗。ここからは重要な問いかけとなります。

時行くん「…鎌倉まで行ける未来は見えますか?」

この重要な問いかけに「信濃から外の世界」では予知はほとんど機能しないと言います。しかし、それでも頼重さんは2年間の歳月を過ごしたことで確信していました。

頼重さん「貴方様は必ずや英雄になれる。神ではなく人としての頼重が保証します」

 

時行くん「幕府再興の戦をさせてもらえるだけじゃなく失った家族にもなってくれた。この人には恩しかない」

美形の神様と美形の侍王子、二人の出会いからこの物語は始まりました。今や、それは単なる滅び去った国の遺児とその庇護者には留まらない本当の家族のような存在。まあおかげで正真正銘の孫がひねくれてしまったけどね。こうして互いにとってはなくてはならない存在なのはこれまででも十分すぎるほど描写されていました。そして間もなくそれに終わりが告げる時が来るとき…それは我々にとってもそして他ならぬこの二人にとっても一番残酷な時となることが見えてしまいます。


時行くん「必ず天下を獲り、この人の恩に報いよう」

手をつないでの一夜、それは二人にとってはやはり濃密な一夜となったことでしょう。あ、もちろん性的な意味ではなくてね。

 

〇「中先代の乱」遂に開幕!

解説「1335年七月、信濃の眠れる神が遂に動いた」

頼重さんが遂に決起を号令。それにしても思うのは皮肉なことに

後醍醐帝は中華王朝の体制を志向せんとして、結果として中華王朝風の没落コースを辿ってしまった

ことでしょうね。失政による不満の声を聞き届けず、自らの信念のみに基づいて邁進してしまった結果、各地で反乱が頻発。そして最後には宗教叛乱によって天下を失う結果となった。たった2年で。建武政権をついに倒壊に追い込む歴史の大転換点がいよいよ始まります。


ここでようやくタイトル「中先代の乱1335」登場

歴史的に無名だったこの主人公の少年がついに歴史の表舞台に立った瞬間です。立派な鎧甲冑を身に付け、まさに武士の大将の趣満載。郎党たちも微動だにしないその凛々しい姿に威厳を感じて感嘆していました。

決起した将兵の中の一人が浅田忠弘(かつて征蟻党討伐の時に登場した諏訪の武士)に尋ねます。「全軍で信濃守護小笠原貞宗を叩く」と答えを聞くとその兵士はいつの間にか姿を消します。その正体は変装した天狗。あれほど鳴り物入りで登場しながら、結局挙兵を察知することもできず、更には実は浅田に変装していた玄蕃にまんまと偽情報を掴まされてしまった天狗。やはりどんなに優秀な「忍び」であろうとそれだけでは「全貌」をつかもうなどとはしょせん無理な話。「忍びが都合の良い時に都合の良い情報をもたらす」などというのは三流の創作の中の世界の話です。この時、まだ頼重さんは時行くんの正体を秘匿したままで、まんまと偽情報に踊らされる結果となります。そしてそれがこの後の展開に大きく関わることになります。

 

さて、その頃時行くんにある問題が発生。それは

鎧が重すぎて全然動けない。

何ということでしょう(笑)これは前途多難な始まりとなりました。