皆さま、大変遅くなりました。4月中旬の彦根ツアーに向けての準備、その後も疲労が抜けきらず、おまけに来月も公私ともに多忙ときたもんだ。一体、いつブログ作成に取り掛かれるか、とヤキモキしていました。ということで溜まりまくっている
鎌倉殿の13人・逃げ上手の若君・ノイエ銀英伝
と宿題を片づけてまいります。まずは鎌倉殿から!といっても流石に3周遅れとなるとかなり先達たちに比べて非常に見劣りしてしまいそうなので、ちょっと短めでいきます。
ただちょっと今回の話は私的には微妙でした。それはやはり
木曽義仲や京のキャラたちが余りにもテンプレ過ぎてちょっとゲンナリしてしまった。
特に青木さんの義仲が前回非常に従来の「野獣」イメージから脱却するような好漢として描かれていただけにこちらも従来とは違う描写になるのではないかと期待していたのですが…更に京の公家描写はこちらは物凄いテンプレのオンパレードなのがゲッソリ。義仲の礼儀知らずぶりをこれ見よがしに嘲笑う、超上から目線で見下す、でも暴力を振るわれると途端に「ヒィィ!」とナヨナヨする…いかにも創作モノによくありがちな描写だったのがちょっとねぇ…いや、まあ普通の大河と比較したら別にどうということはないんですよ。でもさぁ、放送から数時間後に公開された『逃げ若』の西園寺公宗の描写を見てしまうとやっぱり微妙な感覚になってしまうんですよ。それまで南北朝の新宮十郎こと泰家叔父さんや時行くんら逃若党の子供達相手に愛想よく上品に歓待していた西園寺卿が計画が露見して身の破滅が明らかになった時に
心の奥底に秘めていた坂東武士に対する感情を露にする
鎌倉幕府を事実上の支配者として君臨していた北条家の泰家叔父さんや時行くん(もちろん西園寺卿は正体を知りませんが)はもう武士の中では「貴種」になるにもかかわらず、そしてその北条家との関係故に権勢を誇った彼ですら奥底に秘めた坂東武士に対する公家の冷酷な本音、でもそれでいて今までの陰謀を共にしてきた「同志」として
都の公家と坂東の武士、決して相容れぬ「壁」を持ちながらも、こうして手向けの言葉をかけて逃がそうとする西園寺卿の描写にうならされてしまったんですよ。もちろんこれは図らずも今回の八重ちゃんが述べたように坂東武士達の「決して都人の言いなりにはならない」「従順なようで心の中で舌を出している」というのとまさに対になるものなのです。
少年漫画の方が大河ドラマより重厚な描写なのはそれはそれでいかがなものか
これは『鎌倉殿』を放送開始以来、見てきた感想なんですが、
主人公(小四郎または頼朝)が関わる鎌倉周辺は非常に濃密で非常にハイクオリティなのに対して、それに関わらなくなると途端におざなりになってしまう
特に割を食ってしまったのは平家。まあ源平合戦で終わる大河ではない(むしろそれ以降が主題)ので構造上やむを得ないとはいえ、もう少し工夫が欲しかったところ。
ちなみにこの前の彦根ツアーの時の「鎌倉殿の推しキャラは誰?」で私の推しキャラが誰かなんて、『銀英伝』のフレデリカさんの意中の人は誰?と聞くぐらい愚問なのですが、ただこれはかなりの私的な感情が入り切っている(自覚はある)のであって、もし純粋な大河ドラマウォッチャーの視点からすると推しキャラは誰かというと
小泉コータローの平宗盛
なんですね。元々、この手のキャラを贔屓にしていた&中の人の前世との因果応報的展開に萌えたというのが大きいのですが、何よりも小四郎や頼朝と一切関わっていないにもかかわらず一人だけキャラが立っているという点が決定的ポイント(後白河院は「生霊」という奥の手がある)。キャスト発表の段階では鳴り物入りであったマツケン清盛でさえ通り一遍の描写になってしまったことを考えたら、これは地味に凄い事だと思うの。それでは本編感想参ります。
〇美は全てを解決する
まだ幼少の娘である大姫の許嫁として鎌倉へと送られた義仲の嫡男・義高。もちろん形は「許嫁」であっても実質は「人質」なので、政子も最初は「木曽の山猿なんかに!」と不平タラタラ。都からすれば、「信濃」も「鎌倉」も同じ蛮族の地なんだよ。しかし、挨拶に伺った義高を見て一目見て即落ち。そして大姫ともどもすっかり一目見て気に入ってしまったのでした。うん、これは市川染五郎くんというキャスティングの勝利ですね。実は彦根ツアーの時にも「太平記」の再度大河化した場合の予想キャスティングで北条時行くん=染五郎くんがあったのが非常にツボにはまった!確かに松井センセイが腕によりをかけたあの自らの嗜好全開の美少年を現代で実写化しようとしたら、彼クラスでないと説得力がありませんからね!それにしても印象深かったのはこの義高についてどうしても大姫との悲恋がクローズアップされるのですが、『鎌倉殿』の場合は更にこの見るからに気品ある少年が坂東武士たちに与えた影響ですね。それはこんな眉目麗しい若者がいれば、そりゃむさいおっさんたちでもすっかり虜になる。
〇逃げる者から逃げられた者へ
信濃で挙兵し、俱利伽羅峠の戦いで平家の大軍を撃破して都まで快進撃を行った木曽義仲軍。遂に都の防衛を諦めた平家は一旦、都を放棄することになりましたが、ここで致命的な失敗を犯してしまいます。一番肝心の最高権威である後白河院が逃走してしまったことに愕然となるコータロー宗盛。
前世の幕末の大坂城から逃走して幕府軍将兵を呆然とさせたことの裏返しのように
梶原景時「身勝手な君主に逃亡された者たちの悲哀を御理解していただけましたかな」(前々世:コータローに食って掛かった会津藩士)
三浦義澄「都に出入り禁止を喰らった今はどんな気持ちか聞いてみたいのぉ」(前世:コータローに江戸からの追放宣告された会津藩家老)
山内首藤経俊「もう海の上でも逃げ場はありませんからな」(前世:コータローに座乗艦を乗り逃げされた艦長)
坂東武士たちの喝采を叫ぶ声が聞こえてきそうです(笑)平家側の戦略としては既に飢餓状態の都を死守したところで防衛もおぼつかない以上は一旦都を明け渡して、そのうえで再度奪還するという作戦という150年後の楠木正成を先取り」だったのですが、正統性を保障する最高権威である後白河院に逃走されたことで全ては瓦解することに。この時、宗盛の叔父である平時忠の基点によって安徳帝と三種の神器を確保したことによって辛うじて、完全瓦解を免れたのでした。もし安徳帝の身柄や三種の神器まで確保できなかったら、少なくともこの時点で平家はバラバラになって滅亡へ一直線であった未来を考えるとねずみ男にしてはナイスな判断であったと言えるでしょう。もっともそれによって安徳帝の非業の最期が約束されてしまったことを思うと本当に悲しくなります。まだ幼い帝には何一つ自らの意思を取ることなどできず、全ては周りの大人たちのエゴでしかなかったのですから。
ああ、またしてもコータローの業が増えていく(嘆息)
平宗盛「これより皆でもっと良いところへ参ります」
うわぁぁぁぁぁぁぁ!どんどん「壇ノ浦」フラグが立っていく…もしこの時、この幼帝も一緒に逃れていたらと思うとね。
なお、時忠はこの後壇ノ浦で三種の神器の一つ「神鏡」を守った功績をもって助命され、今度は九郎と接近する模様。流石は前世は戦国版エゴイズムの怪物(幸鶴丸ver)の御方だけありますなぁ(憤怒)
〇源氏名物フレンドリーファイアの連続
さてここからは冒頭で記した通りの描写が納得できなかった連続。まずは乱暴狼藉を働く木曽勢。まあもっともこの情勢はいくら義仲が統御しようとしても目の前の狼藉を働く兵士を一喝したところで意味はなかったでしょう。セリフにもある通り、木曽勢といっても純粋な義仲の手勢は一部であり、その実態は各地の源氏武士たちが集まった混成軍であったのが実態。おまけに(何度も繰り返しているようで恐縮ですが)当時の京は養和の大飢饉の真っ最中。一説には15万の住民のうち、4万もの餓死者が出ている状況で、万になろうかという軍勢が入京したらどうなるかは火を見るよりも明らかでした。いくら義仲がボナパルト並みのカリスマの持ち主であっても食料不足という現実の前では無力なのはロシア遠征が証明している通り。更に義仲を悩ましたのは「同族」の源氏同士によるマウントの取り合い。
劇中にもある通り、頼朝は後白河院との間で秘密交渉をして、「自らの勲功第一」をしようとしているわ、本来庇護してあげたはずの叔父の新宮十郎行家までが足を引っ張る始末。義仲が没落すれば、新宮十郎も頼朝に粛清されるしかないにもかかわらず、それをやっちゃおうとするところがマジで新宮十郎の新宮十郎たる所以。
ということで当代の都の人士にも後世にも悪評サクサクな木曽義仲ですが、上記事情を見れば、義仲一人を一方的に責められるのは公平ではありません。ましてや頼朝に至ってはやっているのは「背中撃ち」ばかりなのであり、しかも本来源氏の大義名分であった筈の「打倒平家」への非協力ぶりや食料すら送らなかったことを考えると本当に同情したくなります。
まして本作の青木さん演じる義仲は頼朝と張り合うつもりはなく、純粋に平家打倒のために全力を尽くしているだけなのですから。
実際にそもそも源氏挙兵のキッカケとなった以仁王の存在についても、既にこの頃の頼朝は「なかったこと」にしているのに比べて、義仲は以仁王遺児の北陸宮の皇位継承を強硬に主張するなどむしろ忠実であったと言えるでしょう。もちろん政治家としては「頼朝」が賢明であり、勝者となるのは必然であったと言えるでしょうが、人間としてはねぇ…その辺は本作の坂東武士たちと同じような気分にさせられるところがミソです。
〇組織としての限界
かくして頼朝にとっては一番の仮想敵が西国に逃れた平家から義仲へと移り、それを追討するためのお膳立てをしているのに不信感が募っていく坂東武士たち。それが端的に表れたのが
「寿永二年十月宣旨」
が小四郎の手によって読み上げられる場面。これは頼朝が実行支配している東海道・東山道諸国の公領や荘園からあがる収入を反乱前の通りに朝廷や荘園領主に返還する代わりに、在地における頼朝がそれを支配することを追認する、という内容で、これによって頼朝は今までの公的な立場が「叛乱軍の頭目」から公的な東日本の支配者として公認を受けたということです。史家によってはこれこそが「鎌倉幕府の成立」とする意見もあるように非常に重要で、これによって頼朝は坂東における内政自治権を獲得したということ、一方で「完全な独立は放棄」ということで朝廷の権威を認める、という後の幕府政治の原型が出来上がったと見なされます。
着々と「鎌倉殿」として上意下達の組織へと変えようとしていく頼朝と大江広元ら首脳陣と坂東武士達との溝が大きくなっていきます。そして呪詛の役割を担ったのいいことにやりたい放題していた文覚を讒言する阿野全成さん。まあ今回は珍しく事実しかないから仕方ないね。猿之助氏の生臭坊主ぶりは実に武田信玄にも被ります。外見こそ僧体だが、その実態はおよそ僧侶としての神聖感がまったくない俗人ぶり、およそ信仰心の欠片もない欲深さ(むしろノッブの方がまだしも信仰心がある)、うんやっぱり猿之助氏には是非とも信玄役で再登板してもらおう。
かくして木曽義仲追討をめぐり、非協力的姿勢をめぐる御家人たちに苛立ちを隠せない頼朝
頼朝「信用できるのは最後は身内よ」
なお、その身内は最後にはことごとく粛清してしまった「おまゆう」満載の台詞。実際にどっちかというと頼朝は九郎のことは最後まで何とか擁護してあげたかったみたいであり、少なくとも頼朝と義経の対決に関しては義経の方に非はあると思います。いずれにせよこれが最後の兄弟の対面となった頼朝と九郎。
頼朝と御家人のはざまで頭を悩ます小四郎に的確なアドバイスを送ったのは意外なことに時政親父でした。
時政親父「とどのつまり皆が欲しいのは所領よ。戦に勝てば奪った土地を分け与えようと言えば喜んで戦うんじゃねえか」
おお、非常に蘊蓄ある台詞をまさか時政親父の口から出てくるとは思わなかった!人間、いくら大義名分や宗教やスローガンを掲げようが、今ある生活を放棄し、危険な遠征を従軍させるには現実的な欲望を惹起させる必要があります。イスラム帝国による聖戦(ジハード)、十字軍遠征、ナチスドイツによる生存圏(レーベンスラウム)獲得…それらはまさに人々の欲望を掻き立て、勢力拡大を図る勢力の原動力となったのです。ここでも新たな土地の獲得して、恩賞を与えることで坂東武士たちの欲望を駆り立てることになる。もっともこれらは諸刃の剣であり、一たび与えると次から次へと与えなければならない。一方でいずれ拡大には限界がくると今度は更なる拡大を是が非でもなしえないといけないという極めて危険な状態となります。それに対する陰惨な「解決」は内部粛清。そう次回はまさにその第一歩になります…
〇今週の八重ちゃん
八重ちゃん「無理はしないで」
すっかり心開いた様子のガッキー八重ちゃん。基本的にガッキーのヒロイン像とはメンドクサインなのであり、最初はまさにツンデレの典型のごとく、基本的にキツク当たります→でもだんだんと相手に対する気持ちに素直になれない自分へと戸惑っていきます→そして一たび心開いた彼に対しては一途に微笑みかけるその過程こそが貴重なのであり、それがまさかの14話かけての展開というのがまさに大河ドラマらしい贅沢さといえるでしょう。普通のドラマだったら数話程度だからね。すっかり癒されるようになった八重ちゃん。
すっかりリア充爆発しろ、と言いたくなるようなデレデレカップルぶり。それがこの陰惨な(誉め言葉です)ではある種の救いのようになっています。ああ、やっぱり八重ちゃんがガッキーで良かったなぁ。
八重ちゃん「坂東武者は総じてへそ曲がりでございます」
伊東のじっさまというまさにそのへそ曲がりの武士を父に持っていたがゆえに誰よりも本質を理解している聡明さ。それにしてもプロポーズからのもう妊娠とかちょっと早すぎやしないかという気がしないでもありませんが、まあ気にしない。それにしてもやはり考証の坂井孝一先生の著作で出た通りの「北条泰時生母=八重ちゃん」説が取られたことが非常に嬉しいですよ!そりゃ、ガッキーが満を持して大河ヒロインになる以上はただの「幼馴染」になるわけないと思っていましたから。あの「仮説」(≠史実)を取らないなんてありえないと思っていたので、もちろんこれは歓喜の限り。
ただ次回予告を見た時、私は非常に嫌な予感に襲われていました。え?もしかして上総と一緒に…お願い!お願い!それだけは~と普段は信じてもいない神様に祈ったほどです。
果たして次回は上総、そして八重ちゃんはどうなるのか?












