恒屋城は兵庫県姫路市にある山城です。この城の凄いところは

2キロ先の所からでも山頂の城跡がくっくり分かる

という点にあり、石垣の城でもないにも関わらず、その存在感は非常に異彩を放っています。本当に兵庫県は城郭整備においては日本の最先端を行く県であり、まだまだ「隠れ名城」が非常に多い。

 

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福知山~和田山でJR播但線に乗り換え
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途中で「天空の城」竹田城の石垣が麓の竹田駅からでも鮮明。だからこそ、ここは格別です。
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寺前駅からは姫路近郊の通勤エリアに入り、列車本数も多くなります。
溝口駅にて降車、ここからは徒歩2.5キロの徒歩となります。

40分ほど歩くと見えてまいりました。もう恒屋城がどこにあるのか一目瞭然

登城口もきれいに整備されていました。

 

恒屋城の縄張り図

恒屋城は前城と後城の2部で構成されているユニークな構造です。

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横堀跡

虎口

山頂の主郭

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ちなみに主郭跡には盗掘跡が残っていました。

あの先には姫路の街並みと天下の名城・姫路城があります。

横堀

前城部分

 

 

非常にきれいに整備された恒屋城、姫路から竹田へと行くとき、行ってみても損はありません。

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三の曲輪跡

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二の曲輪跡

 

恒屋城の築城年代は不明であり、一応の通説的としては室町時代に播磨守護の赤松氏の被官恒屋氏によって築かれ、代々城主を継承したとされます。平成19年夏に「九州国立博物館の収蔵文書」という図録で紹介されたある文書が、この恒屋城についての歴史にある可能性を研究者たちに抱かせるきっかけになりました。この文書の発給者は羽柴秀吉であり、内容から天正6年~8年(1578~80)という中国地方平定に乗り出した時期。そしてその文書の宛先は「恒屋源三郎」という人物でしたが、これによって恒屋氏が羽柴秀吉の配下として活動していたことがうかがえます。しかもこの時、この恒屋源三郎が詰めていたとされるのは「酒見北条之御城」とされていますが、これも播磨小谷城(兵庫県加西市北条町)と推測されています。

いずれにせよ、これまで不明とされていた恒屋氏についての朧気な姿が出てきており、これからも研究の発展が待たれます。

 

〇アクセス

JR播但線溝口駅から徒歩30分で登城口、そこから主郭まで20分

 

「恒屋城に狼煙が一本・・・」