モスクワからの撤退を開始した大陸軍。しかし、途中でのナポレオンが下しだ判断が最悪の判断となり、いよいよ大陸軍に苦難が襲い掛かります。今回はまさに軍隊が徐々に秩序を失っていく過程が克明に描かれます。秩序を失った軍隊で最初に犠牲になるのは傷病兵…
それでは本編感想参ります。
〇傷病兵の運命
当時の遠征軍には実は多数の民間人も帯同していました。彼らの役目は色々。将兵慰問のための劇団役者関係者、世話役の看護人や洗濯婦、そして物資を取り扱う商人たち…彼らは馬車を所有しており、そこに物資と共に傷病兵が積み込まれていました。今回の主人公はそんな商人の一人、タラール。モスクワ撤退の過程で更に大量の負傷兵が発生し、更に馬車に彼らを乗せるよう皇帝命令が下ります。しかし、タラールからすればどうみても明らかに牛詰めの過剰積載、更に旧知の軍曹も乗せてもらうよう嘆願があり、渋々乗車を承諾しました。
しかしタラールの頭にあるのはモスクワで略奪した財宝…大切なのは人間ではなく財宝を運搬する馬のことでした。その脳裏には恐ろしい情景が…しかし流石に旧知の軍曹を突き落とすことに良心の葛藤があったのか一旦は止めます。しかし、やがて・・・
凸凹の激しい道に行きあたった途端、突然馬車を全速力で走らせるタラール。その振動はすさまじく、軍曹ら傷病兵は苦痛の叫びをあげますが、心の中で一線を越えたタラールの耳には届きません。かくして、負傷していた軍曹らは馬車から振り落とされ、路上に投げ出されてしまいました。無慈悲にも後続の馬車の下敷きとなって…
許されざる大罪を背負うかのように泣き笑いするタラール。それをまねるかのように他の商人たちも次々に同じような真似を行い、多くの傷病兵が振り落とされる地獄絵図が繰り広げられました。これコランクールさんの回想録にも載ってある余りにもひどすぎる史実。
タラール「俺は死んだら地獄に落ちる。だが金持ちだからいいんだ」
この時、正直言うと私は「絶対タラールは悲惨な最期を遂げろ!」とか思っていました。この小悪党がまさかあんな意外な役割を果たすとは思ってもいませんでした。
モスクワ撤退の過程で多くの傷病兵たち…しかし無数の彼らの中で皇帝の目の届く範囲にいた馬車以外で無事に帰り付いたものは僅か20名程であったといわれています。つまり皇帝の目の届かない場所ではこの地獄絵図が繰り広げられていたことを考えるとまこと人間の醜悪な一面がこれほど露骨に見られる場面もそうはないです。
本当に戦争はクソです。
〇飢えと寒さに苦しむ大陸軍
北のルートでスモレンスクまで撤退の道を進む大陸軍。しかしそれは事前に恐れていた通り、食料のない焦土を進む道。兵士たちの間では飢えとそして徐々に気温が低下していく寒さが襲い掛かります。兵士たちは遂に食料を求めて軍隊から離れていくようになっていきました。しかし、それはまさに恐怖の世界…
兵士たちの間ではコサックに囚われた兵士たちがどのような運命を辿るのかが噂として広まりだします。コサックに捕まった捕虜は農民に売られて、嬲り者にされた挙句串刺しという悲惨な運命・・・
兵士A「うわぁ、聞きたくねぇ!」
兵士B「自分で死んだ方がマシだ!」
改めて自分たちがロシア人からどのように見られているかで恐怖を募らせる将兵。いずれにせよ補給もないまま進み続ける大陸軍は人数を減らし続けていきます。
〇本国を気にしだしたナポレオン
一方の本営にいるナポレオンはロシア軍の現状がまったくつかめていない状況に苛立ちを強めていました。既に大陸軍は騎馬が壊滅状態で、騎兵たちでさえ徒歩で行軍している有様。この軍馬の損失は一過性に終わらない大きなダメージとなります。更にナポレオンに重くの叱ったのはパリから届いたある事件の報告。それは大陸軍がモスクワから撤退し始めた10月22日のこと。一人の患者が精神病院から脱走して、一人でクーデター未遂を起こしたというビックリ仰天の事件。その人物はマレ将軍。反ナポレオン派の軍人として、精神病院に幽閉されていた男がどうやって大それたことができたのか、その種は
『オレオレ詐欺』ならぬ『皇帝死んだ詐欺』
マレは方々でナポレオンがロシアで戦死したと触れ回り、兵士たちも役人たちもそれを真に受けてパニック状態に。マレはそのパニック状態を利用して、次々に彼らに命令を下してクーデター政権を樹立しようとしていたのでした。本来、留守を守っている筈の閣僚たちも
「こ、皇帝が死んだ!?」
と完全に思考停止状態であっさり投獄されてしまう有様でした。つうかあの人々から恐れられていた警察大臣のサヴァリーがこんなにあっさり騙されるとは意外。かくしてマレの目論見はまんまと成功するかに見えました。さらにパリを守るユラン将軍にも皇帝が死んだので自分の指揮下に入るよう命令するのですが…
ユラン「待て、皇帝が亡くなったというならその証拠を見せたまえ」
ようやく正しいオレオレ詐欺皇帝死んだ詐欺への対処法を取る人間が出てきました。もちろんマレはこんなこともあろうかと証拠を・・・・
何も用意していませんでした。
かくしてあっさりマレの言葉が流言に過ぎないことが露見して、それまで彼に付き従っていた兵士たちも目が覚めたかのように彼を逮捕。かくしてあっさりマレのクーデター未遂は朝には市民には何が起きたのかも気づかれないままお粗末な最後を迎えてしまいます。それにしても、一人の人間が「皇帝が死んだ」と叫ぶだけでこうもあっさり人々が思考停止状態になるのは如何にナポレオンの帝国が不安定であるかを証明するかのようです。というか誰もユラン将軍のような冷静な対応できなかったのはお粗末な限り。結局、マレは処刑されたのですが、
ナポレオン「陰謀はお粗末だが、政府の対応は更にひどい。どいつもこいつも役立たずだ」
と不満を隠せない様子。もはやナポレオンにとってはロシア遠征に集中していられない状況に立たされます。コランクールはナポレオンに帰国を勧めますが…
撤退の途上、専用の豪華な場所に乗っているナポレオンの目の前で一人の兵士が栄養失調で斃れます。それをみたナポレオンはなんと
ナポレオン「俺は歩く。病傷兵を馬車に乗せろ」
と宣言。それこそパルスの宮廷画家がこの逸話を聞いたら、「多くの傷病兵を放置して、目の前の傷病兵だけ助けるのなど不公平」と大非難を浴びせたでしょう。実際、ナポレオンの目が届かない場所で多くの傷病兵がたどった運命を考えれば・・・猶更にね。それでもまあ実際に兵士たちの中で混じって行軍するのは流石ナポレオンです。一人の兵士がぶつかってきて怒鳴り声をあげます。しかし、その兵士は相手を顔を見た途端、「ご、ごめんなさい」と平謝り。
兵士(う、嘘だ。皇帝が歩いてる!!)
そりゃ確かにびっくりします。古今東西、こんな光景はなかなか見れるものではありません。
〇スモレンスクで待ち受けるもの
そして遂に襲い掛かったのはロシアの冬将軍。雪が降りだし、誰もが遂に来たかと不安に襲われます。まだこの時点ではそれほどではありませんが、やがて…ナポレオンは兵士たちを必死に鼓舞します。スモレンスクには食料を備蓄しており、冬営する予定であるから大丈夫・・・と。かくしてスモレンスクに入城した大陸軍。しかし、そこでナポレオンは愕然としてしまいます。
何と食糧庫は空っぽ
留守を守っていたネイの幕僚ジョミニが報告するには、主力部隊の前に入城した部隊が飢えの余り規律を失って、略奪と破壊で食い尽くしてしまった…とのこと。ようやくたどり着いたスモレンスクで食料が無し、愕然とするナポレオンと首脳陣。いよいよロシアの冬が本格的に到来し、食料もないこの状況をどうやって切り抜ける?