いよいよ迫ってきた来るべき破局、しかしナポレオンだけは自分が落とし穴に嵌りつつあるのに気づかない。いつしか変容してしまっていたナポレオン、彼と一緒に戦い続けた親友のランヌの彼を見る目はあまりにも悲しい。慢心という思い上がりがやがて失ってはならない存在を永久に失う悲劇がすぐそこまで迫りつつある今回。もう不穏な気配が話のいたるところに散りばめられていました。

 

〇運命の前夜

ドナウ川北岸にいるオーストリア軍を追撃するために、大河に舟を並べて架設橋を築くという作戦を実行に移す大陸軍。完成した架橋を渡って、中間にあるローバウ島まで進むナポレオン。もっとも皇帝陛下は渡ればいいだけですが、大忙しなのが参謀長のベルティエ。

ベルティエ「ふう…一本の橋を数万人に渡らせる。徹夜でスケジュール管理だな」

こういう事務管理作業はベルティエがほぼ独力で成し遂げているもの。一本の橋で数万の将兵を渡らせるという難事は確かにハードワークです。相変わらずベルティエに対する過労業務だけは誰にも分担できないのが危ういところです。きちんと整然立てていかないと上手くいかない。それだけに果たしてこの橋が壊れてしまったら…

架設された舟橋は800メートル。ナポレオン自身も「長い」と感じるくらいでしかも時々足場がふらつくくらい川の流れは時々激しくなる。それでもこの時点でナポレオンがそれを特に気にも留めることはありませんでした。ローバウ島まで進んだ皇帝を眺める大陸軍将兵。新兵の若者たちの皇帝を見る目には純粋な憧れの目。そしてそんな彼らを「初々しい」と微笑む古参兵たち。フランス本国ではナポレオンに対する不満や厭戦気分が広がりつつあるのですが、それでも前線の将兵たちにはまだ皇帝に対する絶対的な信頼を抱いている光景。まだこの時点では今までの大陸軍と変わらぬ光景に見えるのですが…

翌日にはローバウ島から北岸に渡るための作戦を着々と進めるナポレオンはその後、ランヌに誘われて2人で木の上で北岸を索敵します。皇帝と元帥が2人だけで樹上でサシで会話する絵・・・これだけで彼が特別な存在であることが分かろうというものです。前回、マッセナが警告した内容をナポレオンに伝えるランヌ。

ランヌ「マッセナは将軍である以前に悪党で盗人だ。鼻は軍人よりも利く」

マッセナを褒めているの?けなしているの?微妙なあれですが、それでもその才を高く評価しているからこそ、ランヌもナポレオンに伝える気になったのでしょう。しかし暗闇の北岸には気配が感じられず、ナポレオンは「マッセナのとり越し苦労」と一笑します。ナポレオンは平素はずっとサングラスをかけており、よほどのことがない限り外すことのないですが、ランヌと一緒の時はほとんど外している。それだけ彼にとってランヌは本心から話せる存在なのがこの絵だけでも見てわかるというものです。

 

〇親友の「問いかけ」と「頼み」

その様子を見たランヌは唐突にエジプト遠征でのマルタ島での話を持ち出します。覚えているでしょうか、一人の軍規違反者を処刑するときにナポレオンが言った「(自分には)アレクサンダー大王に憧れた9歳の子供がいる」本作のナポレオンが戦う動機は全てこれ。戦争に憧れ、英雄になろうと志した少年がそのまま大人になって実行に移すという常人には理解しがたい観念。そしてそのナポレオンの本心を唯一知るのがランヌでした。

ナポレオンの本心を知るのはランヌただ一人だけ

最初は覚えていないととぼけた回答をしていたナポレオンですが、ランヌは更に問いかけます。「その子供は君の中にいるのか?」という問いかけには

ナポレオン「ずっといる」

そう答える彼の目は鬼火にも似た不穏に燃える目。その目は彼が「野心の虜囚」となったかのようでした。

それを見つめるランヌの目は余りにも醒めたそして悲しい目

は忘れられそうにはありません。誰よりもナポレオンのことを理解し、彼のために戦おうと決意していたランヌ、しかし長引く戦争はそんな2人にもいつしか「亀裂」を生じさせててる・・・果たして彼が「親友」に今抱いている思いはまだ誰にも分りません。

 

そして一人で次なる戦略を思案するナポレオンのもとへもう一回再訪するランヌ。彼はある「頼み」をします。

ランヌ「たった今俺がここに来たこと、そのことを忘れないでほしい」

何かを予感させるようなランヌの頼み、それはまるでこの後に起こる悲劇を予感したかのように「じゃあな」と消えていくランヌの影。もちろん未来を知っている読者にはこれ以上ない辛い光景でしかありませんが、もちろんナポレオンは気づくことはありません。彼には「親友の心境変化」もそして「己の変容」も気づいていない。

何気ないシーンで着々と悲劇への伏線が張られていきます

 

〇罠にはまったナポレオン

翌日、ローバウ島から北岸への架橋が完成し、遂に北岸への渡河を開始する大陸軍。最初はマッセナも取り越し苦労かと思い直したほど順調に進むように見えたのですが、そこへ次々に襲い掛かる予想外の出来事。まずは昨晩とは明らかに異なるほど激流と化したドナウ川の流れ。春の雪解けという重要な要素を完全に見落としていたことが災いしてしまったのです。4年前の時は秋、その時のドナウ川の流れの穏やかさから見落とした。そして北岸で轟く砲声

マッセナが警告した通り、北岸にはカール大公のオーストリア軍の主力が展開

それはナポレオンの戦略が完全に破綻した瞬間でした。大陸軍はまだ渡河を開始したばかりで2万4千、後続の兵力は一本の橋で未だに渡河を待っている状態で10万もの敵軍と戦うという「背水の陣」で迎え撃たなければならなくなったのです。すぐさま、工兵隊を率いるベルトランに橋の死守を命じます。そうこの一本しかない橋が生命線。明敏な彼は悟っていました。今や勝敗のカギはこの橋にあることを。そしてオーストリア軍もこの橋を狙っていることを。案の定、上流からはオーストリア軍が放った筏や丸太といった障害物が次々に放流され、遂に橋が破壊され、人馬が次々に川へ流されていく絶望的な光景。

ナポレオン「すべては俺の浅はかな思い込みが招いたことだ」

カール大公を過小評価して敵軍の位置を読み誤ったこと、そしてドナウ川を知らずにろくに準備せぬまま渡河に踏み切ったこと、自らの判断ミスをようやく悟ったナポレオンでしたが、時すでに遅し。今彼にできるのは己の失策を呪うばかり・・・

 

遂に始まったアスペルン・エスリンクの戦いは絶望的な状況で開幕したのです。