ティルジット条約にてようやく得たかに見えた平和。しかし、ナポレオンは未だ自分に屈せぬイギリスを締め上げるために欧州諸国に課した「大陸封鎖令」はタレイランが懸念した通り、イギリスに経済的に依存する諸国の密輸が増加。そして自らの意思を押し通すには軍事力で屈服させればいいと考えるようになったナポレオンは果てしない泥沼へと足を踏み入れることになります。

イベリア半島を舞台にする「半島戦争」それはまさにナポレオン帝国没落への第一歩

ついに足を踏み入れることになった終わりなき戦乱の始まり。果たして、それはどのように始まったのか。

 

〇権力と欲望

冒頭はナポレオンが母レティツィアからの怒りに頭を悩ます場面からスタート。ローマ教皇が自分の意思に従わないと見るや軍隊を送り込んで、幽閉したと説明する息子に対して敬虔深い信徒であるレティツィアは大激怒してしまいます。当分、口を利かないとまでいわれて頭を抱えてしまうナポレオン。兄弟たちには自らの意のままに動かす彼も母親だけはどうにもならないようであり、皇帝としての立場も形無しです。更に変わりに入室したジュノーに対しても末娘・カロリーヌとのスキャンダルの件で怒りの言葉。ジュノーはボナパルト家とは公私ともに関係深く、レティツィアからも「6番目の息子」とまで言われる存在。あー、レティツィアにしてみれば近親相姦に近いものがあったのでしょう。そしてため息をついてでてくるのは

レティツィア「あたしの子供はどいつもこいつも腐っちまった。金と権力のせいだね」

と辞去してしまいます。すっかり欧州の支配者となったボナパルト家ですが、その内実はすっかり権力と欲望に毒された存在へとなり果てた状況を言い表していました。そのジュノーに対して命じられた任務はポルトガルへの出兵部隊指揮官への任命。ポルトガルはイギリスと関係深い国であり、未だナポレオンの「大陸封鎖令」に従わないことからこれを討伐すると宣言したのでした。皇帝の妹のカロリーヌとの不義スキャンダルの一件での左遷…のようにも見えましたが、見方を変えれば汚名返上のチャンスを与えてやったといえるでしょう。そう、実はこのポルトガル討伐にはある隠された狙いがあったのです…

 

〇うがー、うがー

さてジュノーといえば、この漫画作品においては常に「うが」、誰と会話しても「うが」としか答えない不思議なキャラ。もっともナポレオンや奥さんのロール、部下たちにはきちんと意味が伝わっているらしいのでいわゆるアイゼナハ方式のようなものでしょうか。前夜にはロールから冷たい言葉をかけれらて失意のジュノーでしたが、朝出征の時には温かい言葉をかけられて奮起します。兵士たちへの訓示も

「うがーーー!」

兵士たち「何て言ってるんだ?」「そら決まっているだろ」

「大陸軍は地上最強ー!!」

と号令がかかります。そこへ見送りにやってきたのが因縁浅からぬミュラ。わざわざ挑発のようなセリフを吐きかけますが、その一方で

ミュラ「うまくやりゃポルトガル王にでもしてやる気かねぇ」

とナポレオンの「真意」をそれとなくジュノーにほのめかしてまるで奮起させるかのよう。しかしそのあとにかけた言葉は如何にもミュラらしいセリフでまたしても険悪なムードが漂います。そしてベシェールに対してわざわざ見送りに来た真意を吐露するのですが、その理由が最低(笑)

ベシェール「それ言っちゃあダメだ。最低だぞ」

うん、ベシェールに今100パーセント同意してしまった。

 

 さてナポレオンからの宣戦布告に泡を食ったポルトガル王室。その傍にいるのはかつてエジプトでナポレオンに立ちはだかった英国軍人であるシドニー・スミス。今は大使としてポルトガルを裏で動かしていたのでした。とりあえず追及の矛先をかわすためにイギリスに対する(見せかけの)宣戦布告をするよう助言するなどすっかりポルトガル王家も頼り切る存在です。そのポルトガル王は当時、マリア一世という女王でしたが、すでに狂人となっており、三男のジョアン王子が摂政として実質的君主。スミスの助言をそのまま受け入れるなど当時のポルトガルと英国との深い関係が如実に出ていました。

 

仮道伐虢

そしてこのポルトガル遠征に隠された真の狙いはスペイン征服でした。ジュノーにスペイン・ポルトガルへの実地調査を命じます。地理を把握し、各地の状況を事細かく報告させ、それはやがてくるであろう戦争に役立つもの。タレイランはナポレオンの「真の目的」を洞察します。既にスペインの王室は内紛でどちらもナポレオンにすり寄ろうと必死。そんな状況を

タレイラン「溺れる者がカミソリを掴みましたが」

と表現したのは確かに的確。わざわざ自分たちのほうから滅亡を誘うような真似をしてしまった愚かしいスペイン王室。しかしタレイランは同時に口に出さないある気がかりな要素を見逃しませんでした。

タレイラン(ただアンタ気がついているのか?これまでのあんたのせんそうは全部売られたケンカだったが、今回のは正真正銘侵略だぜ)

そう、今回でついにナポレオンは今までとは全く異なる一歩を踏み出したことになるのですが、本人にはどうもその自覚がなさそう。彼にしてみれば、スペイン王室とはブルボン朝すなわちフランス王家の分家にすぎず、そして王妃はイタリア人、それにとって代わっても何の問題もない、とタカをくくっていたのです。そしてナポレオンにとっては「僧侶が治める土地」というのが看過できない問題。スペインは元々ガチガチのカトリック国であり、イエズス会に代表されるように聖職者が大きな力を持っている国でした。そして僧侶というのはナポレオンにとっては幼少の頃より、苦い思い出がフラッシュバックして、僧侶に対する隔意があった模様。だからこそ冒頭のような教皇庁との確執も発生したのも頷けることであります。いずれにせよ、スペインに対する侮りしか頭にないナポレオン。その選択が果たしてどのような結果をもたらすのか…

 

〇ジュノーのポルトガル遠征結果

さてポルトガルが恭順を装うためにイギリスへの宣戦布告(見せかけ)をしましたが、そんなものにナポレオンが騙されるわけがなく、ジュノーには遠征の続行が命じられます。しかしイベリア半島は過酷な自然の地、それこそ欧州のアフリカにも喩えられる土地であり、補給に対する負担はかなり深刻な状態。このことがやがて大陸軍を苦しめることになるのですが、それはまた後の話。いずれにせよ皇帝からの厳命を受けて、兵士たちは音を上げますが、ジュノーは

ジュノー「うがー!」兵士たち「やれって言われても…」

こうして14日間で480キロに及ぶ過酷な行軍の末に、ポルトガルの首都リスボンに到達したのですが…到達できたのは2万2千人中たったの2千人、それ以外の兵士たちは各地に残留していったためにこれだけの人数まで激減したのでした。それでもジュノーの命令は

ジュノー「うがー!」

と勇ましいもの・・・

しかし間一髪の差でポルトガル王室と政府一同はイギリス艦隊に守られて、海外(ブラジル植民地)に逃亡した後でした。

ナポレオンからはポルトガル王家は逃すな、と言われていたのにも関わらず逃してしまったわけで、結局戦争目的を果たせないままになってしまいます。これによってポルトガルは海外から抵抗を続け、そしてイギリスの支援を受けることになってしまったわけで…いずれにしてもジュノーにはそのことには遠く考えが及んでいない様子。最後に出てきたセリフがまるでこの戦争の行く末を暗示するかのようでした。

 

地獄の口はどこに開くか予想がつかん