一将功成りて万骨枯る
今回は世に残る「英雄」達の影では多くの人々の悲哀が描かれます。戦場で活躍した将帥は「英雄」として賞賛され、歴史上に名を残しているのに対して、彼と共に戦って生き残った兵士たちはまるで使い捨ての道具のように扱われるこの虚しさ。前回は敗者の悲哀が描かれましたが、今回は勝者となったイギリス海軍の水兵たち、しかし彼らは決して祝福されることない、まさに戦争というものの救いの無さを実に良く抉ってくれます。
〇失われたことで初めて人はその存在の大きさを知る
英国首都のロンドンに届けられたトラファルガーの大勝とネルソン戦死の訃報、それを真っ先に聞いたのは首相のピット。真っ先に思ったのはこれでナポレオンによる英国侵攻が完全に不可能となり、英国は救われたということ。
ピット「大勝利!素晴らしい。助かった!政治家も銀行も取引所も国民も―」
助かったという「順番」に政治家の本音が透けて見えます。まずは政治家、そして銀行、取引所と来て、国民が最後。政治家というものは自分に一番利益を与えるものを優先するものです。
しかしそんな政治家ピットをして素直に喜べない、自分自身でも虚しいと思えたのはネルソンが死んだというニュース。ピットにとってネルソンはあくまでも一軍人に過ぎない。にもかかわらず衝撃を受けずにいられない、ネルソンが如何にイギリスにとって巨大な存在だったかが死んで初めて人々に思い知らされたのでした。それはイギリスの民衆も同じで誰もがネルソンの訃報に接して言葉を失ってしまっています。そして一番悲しんでいたのは愛人のエマ・ハミルトンは号泣、そしてネルソン夫人のフランシスは静かに大切な人の死を悲しんでいた姿。ネルソンというのがイギリス人に親しまれた名将であり、私人としても愛に満ち溢れていた証でした。
〇どうも天敵というものがいるらしいな
ここ数話ばかりすっかり影が薄くなっていた主人公のナポレオン
オーストリアへ進軍するなかで外相のタレイランと今後の方針について協議していました。タレイランはウルムの戦勝を材料に有利な形での和平を進言。一方的な領土拡張は憎しみを産むだけで益は無い。むしろ寛容に接して一方の領土を獲得しながら、別の部分で譲歩すべきという持論を展開します。その方針はまるで矛盾しているかのようだとナポレオンは言いますが、
タレイラン「私の行動は一貫しています。世界平和と金儲け」
世界平和という崇高な理念とそれを支えているのは金儲けという実にシンプルで分かり易い行動動機。そう彼にはまさにそんな理想と私欲が見事なバランスをもっているのです。まあ確かに平和な世の中にするために金儲けするなら確かに動機はともかく立派なものです。それは戦争で金儲けする政治家や死の商人とどっちが立派か?と言えばタレイランの方が立派と言えるのですが…
底にもたらされたトラファルガーの海戦のニュース、それはナポレオンをしてウルムの戦勝全ておじゃんにしてしまうのには十分でした。何しろフランス海軍は壊滅的打撃を受け、英国侵攻が完全に不可能になってしまった。
ナポレオン「ネルソン、またしてもお前か」
かつてナポレオンはオリエント征服の野望をもってエジプト遠征に行きながら、アブキール湾で艦隊を全滅させられたことでその野望を阻まれました。そして今回、遂に欧州の完全制覇という野望までも阻まれた。ネルソン一人の為に
幻影の世界の海上で呆然と立ち尽くすナポレオン、彼に剣を喉元に付きつけるネルソン。まさに二人の関係を象徴する構図です。一度ならず二度までも野望を阻まれ、しかもその相手はもう死んでしまい、再び勝つことは叶わない。相手は不敗のまま勝ち逃げされて、ナポレオンが如何に悔しかったことでしょう。
まさにナポレオン最大の宿敵はやはりネルソンと言っても良いでしょう。
国内には大本営発表を行うよう指示しますが、タレイランの指摘した通り、国内は隠蔽できたとしても欧州諸国はこの戦いをやがて知ることになる。欧州中がナポレオンの敵対するようになる危険性、それに対してナポレオンが出した答えは
トラファルガーをも忘れるほどの「完全な勝利」を上げること
歴史上、そんな完全な勝利というものはそれこそ歴史上無数にあるわけではありません。しかし決してゼロでは無い。現にネルソンがやったように、そしてそれができれば道が開ける。ナポレオンはネルソンに対して更なる闘志を燃やしたのでした。
ナポレオン「ネルソン、死んだからと言って勝ち逃げなどさせんぞ!これからの戦いは俺からお前への反撃だ!」
そう誓い、いよいよ歴史上有名な「アウステルリッツの戦い」へと向かっていくのでした。まさに「完全な勝利」を果たして取ることはできるのか?
〇狡兎死して良狗烹らる
そしてここからが本作の核心がいよいよ登場
ピット「英雄はネルソンだけでいい、戦争が終わったら軍縮もやらにゃならん」
首相のピットらはネルソン一人を英雄と持ち上げることで国民の戦意高揚を図り、その一方で金を余計に書けずに済む。既に彼ら政治家は「戦後」を見据えていました。戦争が終われば水兵たちは用済みの存在。全ては「カネ」のため。それは確かに「政治」の観点から見れば正論ではあるのですが、この酷薄さは何ともモヤモヤがある。そしてピットらの酷薄さは遺族への扱いにも表れていました。正妻のフランシスらには「美談」になるとして手厚く遺族への保障を与える一方で、愛人のエマとその娘母子に対しては「情婦など知った事か」とガン無視。肝心のネルソンがあれほど気にかけていたのにそれを無碍にするピットには怒りすら湧いてきます。そんなピットが運ばれたネルソンの遺体と「対面」した時にネルソンが一睨みした姿で遁走してしまうピットの姿でスカッとしてしまいました。(もちろん幻影ですが)
そして盛大な国葬が開かれ、ネルソンはその望み通りウェストミンスター寺院に葬られ、こうして英雄としての名声を不滅にしたネルソン。
そして残された水兵たちに待っていたのは余りにも残酷な展開。この勝利によって彼らは最早戦いに参加することなく、やることは海上封鎖という地味な役割のみ。ひたすらひたすら船上で海を見るだけの単調な生活。そんな彼らを待っていたのは、10年に及ぶ戦いを終えての、本格的な軍縮の時代。まさに用済みとなった彼らはようやく念願の地上に降り立ちます。彼らはもちろんようやく陸に帰れたことを喜ぶに満ち溢れていたのですが、待っていたのは余りにも過酷でした。
ようやく地上の生活に戻ろうとしていた時、彼等は多くは日常生活の感覚を失っており、そしてそんな彼らを食い物にしようと群がる人々。
多くの水兵が数年分の給料を数日で使い果たしてしまった
その一文が余りにもえぐ過ぎて声を失ってしまいます。そして満面の笑みを浮かべていた水兵の一人は次のページでは浮浪者のようにボロボロな姿となって、一軒の家に食事を恵んでもらおうと訪ねていく姿は痛々しい。そしてその家の主人がかつてビクトリー号に乗艦していた少年兵が成長した姿でした。それはかつて同じ水兵だからこそ分かる境遇、2人は同じ苦しみを分かち合う同志として語らいあいます。
水兵「何も恐れず戦った10年前のあの日・・・偉大なネルソンと一緒に死ぬべきでした。こんなみじめな日が思いもしなかった」
この言葉と共に涙を流す二人。危険な戦場に身を投じたにもかかわらず、戦争が終わってみれば「用済み」となって切り捨てられ、そして祝福されないどころか食い物にまでされてしまう。そんな理不尽な現実もまた戦争の本質です。英雄が賞賛され、注目される一方で大多数の人々は歴史の影で埋もれ、顧みられることは無い。本作はそんな戦争の犠牲になった彼らへも哀悼する意思が十分伝わってきました。水兵を迎え入れる彼の姿にせめてもの救いを感じてしました。