〇鎌倉時代から続く城跡
千葉との県境にある鹿島城、ここはもともと常陸一宮鹿島神宮の鳥居前町として栄えた鹿嶋市にあります。鎌倉時代初期から、戦国時代末期の天正19年(1581)に佐竹氏によって落城するまで約400年間にわたり、この城は鹿島市(常陸大掾氏族)の居城でした。永正末期(1520頃)当主・鹿島義幹が大改修して城としての形を整えましたが、やがてこれが内紛となる「高天原合戦」につながる結果となったと『鹿島治乱記』にあります。現在では城跡は城山公園とされており、城主末裔の鹿島家の協力で昭和63年より開園していまうs。なお現在、鹿島は佐賀県にある鹿島との区別の為に『鹿嶋市』となっていますが、神宮や駅、サッカー球団は元の「鹿島」表記となっています。
千葉県成田線佐原駅から鹿島線の電車に乗車します。
鹿島線は成田線香取駅から分岐して鹿島神宮まで結ぶ短い路線です。かつては特急「あやめ」を始め、東京方面との直通列車も走っていましたが、高速バスに利用者が流れ、今では通勤時間帯の1往復を除き、線内と佐原までの路線内で完結する普通列車が走るのみ。
全線高架となっているので田園や
北浦の湖水を一望できま
乗車から30分ほど、鹿嶋神宮駅まで到着しました。
ここは鹿島臨海鉄道との乗換駅、旅客上の鹿島線終着駅ですが、ある理由で実は終点はもう少し先に有ります。
鹿島神宮駅から出てすぐの場所にある高台の緑地公園が鹿島城、地図は見るまでも無く進めます。
公園へつながる道に残る堀跡
深さ10メートルに及ぼうかと言う大空堀のみがかつての遺構を伝えてくれます。
城山公園、現在では城跡としての遺構はほとんど見られない状態でした。
 
現在では桜やツツジの名所とし市民憩いの場となっています。
鹿嶋の街
水上に浮かぶ鹿島神宮西の一の鳥居です。
形状からして櫓台のようなものでしょうか?
 
〇アクセス
JR鹿島線鹿島神宮駅から徒歩5分
 
「鹿島城に狼煙が一本・・・」