〇伊達家の「米沢城」とは?
伊達政宗が生まれたのは現在の米沢城跡である・・・とされてきました。これに対して近年、発掘調査により戦国時代に伊達氏が本拠地としていたのは現在の米沢城の西方3キロにある舘山城ではないかという説が出てきています。理由としては「懸崖造りの物見台」があったとされるが平地の米沢城に該当する地形は見当たらず、また発掘調査により大規模な縄張りと家臣団屋敷があったと判明してきたからです。
史料上での舘山城はまず伊達家家臣・新田四郎義直の居城として登場し、その後新田が伊達家への謀反で成敗され、次に政宗の父である輝宗の隠居城として整備されたとしています。その後、伊達政宗が岩出山に国替えとなると蒲生・上杉領の城として存続したとみられます。近年、国指定史跡とされて更なる整備が進められています。
◯自転車でゆく米沢の旅
前日会津若松市内にて思う存分散策して郡山駅前にて宿泊。朝6時の始発に乗っていざ山形県へと北上します。
東北本線始発列車にて福島駅まで
続いて福島駅にて奥羽本線に乗車します。福島~米沢間の福島・山形県境は山間部を通るために山形新幹線は1時間に1本は走っているのに対して、普通列車は僅かに6往復のみ。ここを逃がすと時間的ロスは大きくなってしまいます。
この日は日曜日であったためか人もあまり乗っておらずガランとしていました。
福島市の住宅街を抜けて行くと庭坂駅から先は人家もまばらな山岳地帯に入っていきます。
板谷駅にて
奥羽本線のこの区間はかつて難所で赤岩・板谷・峠・大沢と4つものスイッチバックで行き来していました。
むろんそれは今は昔、山形新幹線の乗り入れとともに改修工事が行われ、今はスノーシェードが面影を残しています。
峠駅にて
この駅には「峠の力餅」がいまでも昔ながらの立ち売りで販売されている駅として有名です。
そして1時間ほどで米沢駅に到着。
米沢駅舎内併設の観光案内所にて情報収集
ちょっと前までは舘山城までは「水力発電所」バス停で行けばよかったのだが、今ではそこまで行かなくなったとのこと。
ただし道順は簡単で駅前からまっすぐ西の大通りを進んでいくだけでよろしいとあります。
駅前のレンタカー事務所にてレンタサイクルを取り扱っているのが幸いしていました。
なおレンタサイクル受付は8:30~19:00
(2時間 300円)(4時間 500円)(1日 1000円)米沢城までの分もありますのでここは4時間コースを選択
幸い土地の起伏もそんなにないのでほぼ自転車の走行でほぼ35分で「舘山城」の案内板に遭遇
縄張り図
入口
舘山城は山の一部が現在では
水力発電所になっており(現在も稼働中)、パッと見ただけでもすぐわかるのが利点です。
現在は駐車場代わりの原っぱとなっていますが、かつてここは「東館」とされ、前述の「舘山=米沢城」が正しいとするならば、伊達政宗はここで誕生したことになります。
今はもう橋がありませんが、大鱒川の向こうには会津へと続く街道となっていました。
井戸跡
山のふもと部分には腰曲輪部分もあり
さて大手門跡ですが、ここには登山用の杖とともになんと冷水サービスまでついています。
しかもありがたいことにパンフレットまで!入っているから城の訪問者にとっては至れり尽くせり。
大手門は枡形の形状をしていました。
さてここからは七曲がりと呼ばれるくねくね折れ曲がった道を上っていくのですが・・・
なんと6分ほどの距離で到達してしまいました!!いや登城前はどれほど労苦を強いられる山城かと戦々恐々としていましたが、まさか麓から10分もしないところにあるとは!これはうれしい誤算でした。
ここは南虎口跡
曲輪Ⅰ跡
枡形虎口で固められたこの区画は城の本丸であろうとされています。
端の部分は米沢市内を一望できる絶好の眺め場所です。なおこの真下部分は水力発電所になっていますので立ち入らないように。
そして奥に進んでいくと石垣と人工の構造物を発見
周囲は土塁で固め
そしてこの区画には河原石と呼ばれる楕円状の石材が集められていました。この河原石は石垣内部に使われる石でそれが大量に散乱していたことからこの城が石垣を取り壊す作業=破城の作業が行われたと考えられています。
なおこの石垣ですが、伊達家の時代のものではなくどうもそのあとの上杉氏の時代に改修で設けられたのだろうとされています。
ちょうど石垣の中がどういう構造になっているかを教えてくれるように復元されていました。
この部分はこの城最大の見どころといってもよいでしょう。
その土塁と隔てた部分は堀切となっていました。
曲輪Ⅱ
その背後にはさっきの土塁よりさらに高い5メートルの土塁で防備を固められています
曲輪ⅡとⅢの間にある堀切
ここはなぜか水路となっています。先ほどの水力発電所のものでしょうか?
曲輪Ⅲ
曲輪Ⅲの背後にある物見台跡
ここまでが舘山城の城址エリアとなります。
さきほどの曲輪Ⅱの大土塁
上から見るとその巨大さを実感できます。
この向こうは急斜面となっており、よじ登れないようになっています。確かにこれなら伊達家の記録にある「米沢城」に合致します。
(雑草でおおわれていますが)竪堀跡
最後に山城全体を撮影
米沢の舘山城、この城はなかなかの規模であり、単なる一山城とは一線を画す城でした。やはりこれはそれなりの身分の人間が城主と考えるのが自然であり、伊達家の「米沢城」とはこの城の可能性が高いと思われます。それにしても本当ここまで登りやすい山城はそうそうありません。
ちなみに上杉神社の観光案内所にて舘山城のハンドブックが販売されています。
〇アクセス
JR奥羽本線米沢駅からレンタサイクルで35分で登り口(もしくは米坂線西米沢駅から徒歩15分)
そこから曲輪Ⅰまで徒歩8分
・大手跡にパンフレットあり
「舘山城に狼煙が一本・・・」

















































