〇最古の西洋式土塁
函館市の隣接自治体の北斗市の江差線(現・道南いさりび鉄道線)沿いから内陸に4キロほど行った内陸部の洋式築城法で築かれたのが
「戸切地陣屋」です。ここは松前藩の施設で安政元年(18544)の日米和親条約締結後に幕府は蝦夷地直轄を行うとともに、松前藩に対しては箱館港から木古内までの警備を命じました。これにより松前藩は翌年に家臣の藤原主馬が蘭学所をもとに四稜郭の陣屋土塁を完成させました。しかし明治元年の箱館戦争の折、旧幕府脱走軍による襲撃を恐れて松前藩士自ら建物を焼き払いました。函館周辺には有名な五稜郭(亀田土塁)や四稜郭そしてこの戸切地陣屋土塁の他にも五稜郭関連の史跡は数多く存在していました。残念ながら現在では全容の解らない史跡も多いそうですが、こうしてきれいに整備されているこれらの史跡はきれいなものです。
〇2度目の再チャレンジ
戸切地陣屋は3年前に一度訪問していたのですが、、その時は12月のことで今考えても何でこの時期に行ったのだろう?と疑問に思ったのです。だって
ご覧の通りの深い雪でもはやどこが道でどかが史跡か分からない。それでも中へ入っていこうとしても
ここまでで挫折してしまいました。だって太ももまで雪に浸かってしまったのでもうこれ以上進むと確実に雪の中に埋もれて遭難確実でした。北海道の自然を舐めてはいかん。
五稜郭からはバスで向かいます。
「北斗市役所」通りにて下車、すぐ近くの最寄駅は道南いさりび鉄道清川口駅です。道南いさりび鉄道はかつての江差線を北海道新幹線開業時に第3セクターに転換したもの。丁度、駅舎が新しく塗装し直してイメージアップが図られていました。
北斗市役所にてパンフレット・資料などが無いかを確認しましたが、残念ながら無いとのことでした。
北斗市南北市街地連絡バスで行くのですが、
同バスは市内地行きが4本、そして目的地方面については2本(しかも午後だけ!)しかありません。そのため両方を公共交通機関利用者で行こうとすれば昼の便を利用するしかありません。
幸いこのバスは運賃均一の100円でいけます。11分ほどで「清川陣屋」到着。
戸切地陣屋はここから歩いて15分ほどです。
ここの並木通り、桜の満開した時には人で溢れかえるほどの花見スポットとして有名です。ちなみに桜が満開する時期は5月のGW
駐車場敷地
かつて雪の中をかき分けて進んだ道をヒョイヒョイと進んでいきます。
戸切地陣屋も見事な四稜郭なのですが、気になるのは北東の堡塁のみ大きく突出して6門の砲座が設置されています。
表門
空濠は深さ2・7メートル~3.4メートル掘られています。
そしてこれもまたきれいに雑草なく整備されているのは惹きつけられるものがあります。
そして門内部は外側から見られないように遮蔽用の土塁が築かれています。
陣屋内はきれいに整備されており、誰もいない無人の空間で一人思いをいたします。
井戸跡
裏門
風呂屋敷跡
足軽長屋跡
先程の東北部の稜堡部分を外側
ここを厳重にする理由は一体何だったのかが気になります。
函館の平野部
ここからだと函館の地が良く眺められます。
〇鉄道旅は北海道が一番でしょ!
道南いさりび鉄道にて再び五稜郭へと向かいます。
五稜郭からは特急「スーパー北斗」乗り換え
JR北海道は色々と経営環境の悪化が著しく、今となっては特急での車内販売すら希少になってきました。今回は何とか駅弁を購入して森までの車中で食します。
森駅にて下車
ここの駅弁「いかめし」は非常にリーズナブルな値段で買えるのが魅力だったのですが、ここも近年閉店してしまった・・・
ここから函館へと普通列車で戻ります。それにしても8年前と寸分たがわず同じ光景だからこそ昔ながらの旅情が楽しめるというものです。北海道ほど鉄道旅行で色々な自然風景がめぐり合える場所ないんですよ。この日本全国どこを探しても。
海岸風景
そして雄大な駒ヶ岳の威容ある山の形
大沼公園の風景
北海道の日没は早く、五稜郭に戻る頃には暮れていました。ここから歩いて箱館戦争の史跡を夜旅で巡ります。
亀田八幡宮
箱館戦争の折、榎本武揚は近くの民家で降伏交渉を行った後にここで降伏式典が行われました。
ここにおいて戊辰戦争は多大なる犠牲の果てに集結したのでした・・・
〇アクセス
道南いさりび鉄道清川口駅下車北斗市役所前(駅から歩いてすぐ)北斗市南北連絡バス「総合分庁舎」行で12分「清川陣屋」下車(100円)徒歩15分
「松前藩戸切地陣屋に狼煙が一本・・・」













































