◯同姓の城主が入る偶然
岡山県山間部にある勝山町は昔ながらの城下町を残す街並みで観光名所となっています。ここを統治していたのが関東からやってきた三浦氏で鎌倉時代の延文5年(1360)には三浦貞宗が築いたのが美作高田城でした。戦国時代になると美作国は中国地方の大名たちの侵攻先となり、まず備中松山城の三村氏に、ついで宇喜多直家に、やがて毛利氏という具合に攻められ、落城。三浦氏もいったん領土を失います。天正4年(1576)のことでした。それから時は流れて、江戸時代。勝山は津山藩森家の断絶で天領となっていましたが、明和元年(1764)に三浦明次がこの地に大名として入りました。この三浦氏は三河出身の徳川家臣でしたのでかつての三浦氏とは直接関係はありませんが、200年かけて同姓の家が領主となる偶然もそうはないのではないでしょうか。彼はさっそく高田城を再建すると勝山と改称。しかし幕府に遠慮して麓の三の丸に御殿を造営して天守は建てませんでした。三浦氏はそのまま明治維新を迎えてまもなく高田城も廃城となったのでした。
〇遂に雪が・・・・
先の美作岩屋城からバスで戻り、津山駅まで一旦帰りました。姫新線は本数自体が少ないので一度津山市まで戻っていきました。
もう一度姫新線で同じ方向へ向かいます。
中国勝山駅にて下車
ここは流石に観光地故かバスの発着場となっている関係で有人駅となっています。
ここから勝山の街並みまでは20分ほど
高田城二の丸跡は町民グラウンドとなっているので面影はあまりありません。
城の配置マップ
馬洗場跡
山に入ると遂に恐れていた雪がありました。そこまで奥地に来たということか・・・
途中の雪はかなりのもの
本丸跡
所々石材が残っているのがかつての城跡の名残
小屋の段跡
残念ながら高田城の山城部分はそれほど見所のある所は余りなかったのでした。雪で隠されたせいもあるかもしれませんが・・・
駐車場となっていたその脇にあるのが三の丸跡
ここは江戸時代に藩主の御殿があった関係で遺構が展示されているので見所です。
水路跡
中国勝山城城下町街並み
此処の場合はやはりこの城下町の街並みを堪能してセットで訪れた方がよろしい。この街並みは一見の価値があります。
◯アクセス
JR姫新線中国勝山駅から徒歩25分で登山口
そこから主郭まで10分
「美作高田城に狼煙が一本・・・」






















