〇京都の裏口・園部

京都府南丹市園部、ここにある城は日本城郭史上における記念すべき城郭にあたります。それは何かというと

日本史上最後に築城された城

であることです。(もちろん後年の観光目的で作られた「城」を除きます。その始まりは元和5年(1619)に初代藩主・小出吉親が園部藩を始めた時に始まります。吉親は藩の政治機構の中枢として小麦山周辺地に築造を開始し、その2年後に完成しました。この時に櫓を新造しようとしましたが、幕府の許可が得られず、結局これらの建築は見送られました。このため、幕府の制度上、小出氏が築いたこの藩庁は

「城」ではなく「陣屋」

という扱いとなりました。二重堀や鉄砲を撃つ狭間を設けた塀などもあったのですが・・・・

しかし幕末維新の動乱時に新たな展開を迎えます。元治元年(1864)12月、園部藩は幕府に新たに櫓門三か所、櫓九か所、さらには本丸以外の塀にも狭間を築造したいと願い出ました。これは当時、池田屋事件や禁門の変など京で武力衝突が相次いでおり、その近くにある園部でも警備を厳重にする必要性が生じていた為でした。幕府では当初は却下されていたのですが、慶応3年(1867)10月、ついに内諾を得ることに成功。しかしこのすぐあとに大政奉還が行われ、翌年1月に明治新政府に改めて願い出ました。新政府では「帝都御守衛」の名目ですぐに認められたのでした。やっぱり徳川幕府では外様のあれだと認められなかったのか・・・・

こうして明治2年になってこの園部陣屋は「園部城」へと生まれ変わり、日本城郭史上最後の城は完成しました。しかしこの2年後には廃藩置県となって、廃城。敷地や建物は官有地や民間に払い下げられたりして、取り壊されていきました。

 

〇明治新造の城は今・・・・

JR山陰本線園部駅到着。現在は京都からここまでは「嵯峨野線」の愛称で大都市近郊の通勤路線と観光地へのアクセスとして栄えており、近年にはここまでは複線化されるなど劇的に変わりました。かつては気動車だけのローカル線だったのですが・・・もうすっかり様変わりです。

特急「きのさき」

園部城は駅から歩いて20分ほど

ただし駅の周囲は狭い道なので注意が必要。

園部城

なお現在城域は京都府立園部高校の敷地となっています。櫓門とその周囲までは一般人も入れるようになっています。

櫓門

巽櫓

櫓門と巽櫓は明治の築城以来の現存建物です。

櫓門・番所・巽櫓の3点セット

この天守風の建物は南丹市国際交流会館でもちろん「模擬」です。

この近くにある南丹市立文化博物館にて資料を集めて散策終了。

 

〇アクセス

JR山陰本線(嵯峨野線)園部駅から徒歩20分

 

・南丹市立文化博物館にて資料あり

開館時間  9:00~17:00(入館は16:30迄)

入館料   300円

休館日   毎週月曜日、祝日・振替休日、年末年始(12月27日~1月5日)

 

「園部城に狼煙が一本・・・」