〇甲賀地方における石垣城
JR草津線を南に下ると三雲という城があります。その名の通り、この城は近江南部を支配する戦国大名であった六角氏重臣であり、甲賀五十三家に数えられる三雲氏の居城でした。甲賀地域は大小様々な城砦がありますが、その中ではひときわ大きな山城です。それもそのはずでここは六角氏が敵に攻め込まれた時の退避場所であったのです。六角氏は敵対勢力に攻め込まれた時は本拠地・観音寺城での徹底抗戦などせず、速やかに甲賀地方に退避して敵をジリ貧に陥らせることで撃退してきました。三雲城には記録に残る限り、
天文6年(1537)には六角承禎が、永禄11年(1568)には織田信長の侵攻で六角義賢・義弼の親子がここに逃れていました。残念ながら六角親子は観音寺城を取り戻すことはできませんでしたが・・・。六角氏没落後、三雲成持が豊臣政権のもと織田信雄・蒲生氏郷に仕え、江戸時代には一千石の旗本として生き残りました。
 
〇石垣も持った城
JR草津線三雲駅にて下車
ここから三雲までは登城口までは30分ほどです。国道4号線、かつての旧東海道の街並みをみながら進んでいきます。

ここから先が三雲城を含めた青少年自然道場を目標に進んでいきます。

やがて随所に石の構造物が見えて

三雲城跡は現在では遊歩道が整備されているので歩きやすい城でした。

三雲城跡入口

まずは途中にある八丈岩と呼ばれる巨岩が最初に行き着きます。

ここからは付近一帯の眺めは非常にすばらしい。

さて10分ほど登ると巨石の石材や

段々状に築かれた石垣が出迎えてくれ・・・・

実はこれ三雲城時代のものではありません。

ここは近代まで採石場となっていたのでその時に築かれたものです。

そしてその奥に進むと加工されていない天然の石材が転がり・・・

三雲城枡形虎口石垣

ここは見間違えようのない城郭石垣であります。

その構造から恐らくは織豊政権時代に改修された時に設けられたと考えられています。

古井戸跡

縄張り図

山頂部にあたる「詰めの郭」

全体的に土塁や堀切が見えられ、遺構が良好に残る城と言って良いでしょう。
 
 
〇アクセス
JR草津線三雲駅から徒歩40分
 
「三雲城に狼煙が一本・・・」