物腰柔らかというか

スポンジみたいな人だった

 

診察室に通されてすぐに目に入ったのは直立の研修医2名

椅子に座った医師は痩身で優しそうな人だった

私のことをまず確認させてください、と検査結果を見て なるほど。と。

今のところはなんにも心配はいらないけどと言いつつ

私に聞きたいことはないかと尋ねてくれる

この前の甲状腺がんのことが気になるというと「まずちゃんと検査をしてから考えましょう」と

ずっと身体ごと私を見てお話をしてくれる

ただ そこにいるだけで安心できる 初めて会ったのにそう思った

診察室に入るといつもちょっと緊張してしまって 聞きたいことも聞けないのに

その日は自分の考えをペラペラと話していることに気づく

 

「再建については考えましたか?」と聞かれ 先日と同じことを伝える

今はまだ決められないので可能性を残しておきたいこと

やめるかもしれないけど、とりあえず挑戦してもいいならやってみたいと思っていること

再建中、嫌だと思ったらインプラントは入れないかもしれないこと

正直 まだ想像でしかなく、今は胸があるから無くなったときのことがぼんやりしていて

なにも決められない状態ではあること

でも後悔はしたくないこと

 

「わかりました」と話す私を優しく見つめていた医師が「それでいいと思いますよ」と包み込むように言ってくれた

「それにいつまでも悩んでもいられない。そろそろ術日が決まります」と予定表を見てくれた

だいたいの日取りは決まっていて、それまでにあと数回の受診と麻酔科、形成外科との面談があるとのこと

 

「なにか聞きたいこと、言っておきたいことはありますか?」と言われたので

胸のもやもやを吐き出してみた

どうして早期で発見した人ほど胸を全部取られるのか

しこりができた段階の人は少し胸を切るだけで済むのに

気を付けていて早期発見したと思ったら、全部摘出するなんてショックで納得いかない自分がいます と。

私をずっと見つめていた医師が静かに言う

 

「それは医療者である私も同じ気持ちです。だけれども医療者であるからこそ言えるのは

 今 あなたの胸の中にある悪いものとあなたを手術で切り離せば、あなたはまったくの健康体になる。

 寿命を迎えることが出来る身体になる。だから切る。切ってしまえばその先、心配することがなくなるから。

 これが浸潤して、身体のあちこちにがんが飛び散っているようなら、もう、胸を切ることに意味はない。

 わかっている部分だけを切って、今度は全身のがんをやっつけるためにいろんな治療が始まる。

 術後病理の結果によるから、あくまでも今の状態が変わらなかったとするなら、

 あなたは切ってしまいさえすれば、あとの治療は必要ないと今のところ考えています。

 だから、切らないといけない。それでも、術中にちゃんと検査をして残せるものはできるだけ残そうと思っています。」

 

ぎゅんと硬くなっていた身体がゆるんで、もうこの人に任せてしまおう。

あれこれ考えたって仕方がない。切ってもらって長生きしたろ。

やっとそう思える日がきた

 

乳頭乳輪だけでもできるだけ残したいという私の気持ちも汲み取って、それでも医療者としての見解をはっきりと伝えてくれた。

私のつらい気持ちとか悩みとか抱え込んでいる私ごとをビーズクッションみたいに包んでもらえるような気がした

 

今日一日あれこれとミスが起きて主治医に対面できなかったのも

ひょっとして運命だったのかもしれない

主治医じゃないのが残念だけど、大学病院はチーム制だと直前の相談センターで言われたことが思い浮かぶ

この医師がチームの指揮をとっているのなら、もうこの病院に委ねるのが最良の方法だと思えた

 

やっぱり運命のベルトコンベヤーは私をうまく運んでくれている

素直にコロコロと転がっていけば それでいいのだ

 

きっとうまくいく。

そう信じて進むしかない。