手話監修を超えた“手話演出”とは?吉沢亮の主演作に参加した早瀬憲太郎にインタビュー
ろう者監督として立った撮影現場、「ぼくが生きてる、ふたつの世界」で見た吉沢の力(映画ナタリー 10/19)

https://natalie.mu/eiga/column/592763

 

呉美保が監督し、吉沢亮が主演する「ぼくが生きてる、ふたつの世界」が全国で公開中。耳が聞こえない両親のもとに生まれ、コーダ / CODA(Children of Deaf Adults)として育った五十嵐大を主人公とする同作には“手話演出”という役割が存在する。手話指導・手話監修ではない、手話演出とは?
映画ナタリーでは手話演出を担った2人のうち、早瀬憲太郎にインタビューを実施。

 

手話指導・監修の場合はあくまで手話という言葉そのものについて教えたり、手話表現の確認や内容と合っているかをアドバイスします。方言監修や時代考証と似たような立場です。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」では、劇中に出てくるろう者と聞こえる人のすべての手話、振る舞いを手話演出として担当しました。主演の吉沢亮さんもそうですが、ろう者の出演者の手話演出にもかなり時間を掛けています。呉美保監督が何度も繰り返しおっしゃっていたのが「リアルかつ自然に手話とろう者、コーダ / CODA(※Children of Deaf Adultsの略。耳が聞こえない、または聞こえにくい親のもとで育つ子供を指す)を描きたい」でした。
演技の中で自然かつリアルな手話表現をするということは非常にシビアで難しいことです。演技としての表情とリアルな手話を一体化させて監督が求める演出のイメージに合わせていく作業は、従来の手話監修を超えて、まさしく手話演出という新しい分野に当てはまる仕事になりました。

(サイトより引用)

--

吉沢さんの違和感のない演技を引き出せたことで、手話演出という概念、必要性が今後よりクローズアップされていくのではないでしょうか。

早瀬さん、ここでもパイオニアになられましたね、すばらしいです!そしてお疲れ様でした。