本日はシネマ チュプキ・タバタへ。
香港映画「私たちの話し方」、いいよ!と勧められて、遅ればせながら観にきました。
相方と開始10分前に来たら、見事に席が泣き別れw
まあそれはよいとして、評判に違わずよい映画でした。
以下メモしときます。
3歳で人工内耳を装用したヒロインのソフィー。
幼少時からろう学校同期のアランとジーソン。
それぞれ異なるコミュニケーション環境で育った、20代の3人の聴覚障害を持つ若者のストーリー。
幼少時のアランとジーソンが飛び込むろう学校の入り口。すぐに飛び込む「学好口語」の大きなスローガン?標語?
口話法的な手段を推奨していたようです。香港ではろう学校での手話教育が2010年まで禁止されていたよし。2010年の手話教育ろう教育国際会議でバンクーバー声明が採択されたのを受けて変わったのでしょうか。
ソフィーは人工内耳をつけてもSの発音が難しい。
「カヤフレンチトースト」が聞き取れなくて、聞こえたふりをしたりする。
人工内耳をしているため、深く潜れずスキンダイビングをするが、スキューバダイビングするジーソンたちの輪に入れない。
ジーソンは直情径行型のひと。ソフィーが講演で「科学があればろう者はいなくなる」と不用意な発言をしたのに机を叩いて激高。デフファミリー出身で手話にプライドを持ち、ろう者を集めて洗車する会社を運営。スキンダイビングの資格を取ることを目指す。
アランはろう学校にいたが10歳で人工内耳を装用、人工内耳アンバサダーとして口話・手話両方使える。ジーソンに「人工内耳をつけても手話を使い続ける」と約束した。その約束は周囲との関係で揺れ動く。
ジーソンの幼少時は、実際にデフファミリー出身のろう児が演じたそうで、さもありなんという手話。アランは演技未経験の聴覚障害者で、監督が半年自費で演技訓練したそう。
デフアクターズスクールで学べたオガワは恵まれていると改めて感じる。
ソフィー、ジーソンとも聴者だが、手話指導ウー・レクヤン女史、ろう者のシーバードが表現指導していたようで、ソフィーの演技的な手話を除けばごく自然な表現に感じた。監督がOKしても、二人が妥協しなかったそうで、映画の質を高めてくれたことがうかがえます。
ソフィーの「私はろう者!」「もし選べたら静寂を選ぶ」
ソフィーとカフェで仲良くなった女児の「ここにはいつ戻るの?」
というセリフも印象的。
ジーソンの洗車会社のほか、ソフィーを雇用した超一流企業、ろう者の集まるカフェも日本の状況に似て、劇に深み、説得力を与えている。
ただラスト、ソフィーの選択wはちょっといただけなかった。
エンディング、幼い頃のアランとジーソンの手話アニメで、歌を表現しているのはなかなかよかった。力を抜いた手話表現がすばらしい。手話の歌の是非はおいとく。オガワは歌がちょっとわかる人なので、単純によいと思った。
