アリス・オブ・バッテンバーグ
アリス・オブ・バッテンバーグ(Alice of Battenberg, 1885年2月25日 - 1969年12月5日)は、ギリシャ王子アンドレアス(ゲオルギオス1世の四男)の妃。イギリス王配エディンバラ公フィリップの母。
初代ミルフォード=ヘイヴン侯爵ルイス・アレグザンダー・マウントバッテンとその妻であるヘッセン大公女ヴィクトリアの長女として、ウィンザー城で生まれた。
幼い頃言葉を発するのが遅く、話せるようになっても発音が不明瞭だったため、母ヴィクトリアはアリスを耳鼻科の専門医に診せた。その結果、遺伝による先天性の難聴である診断が下った。母の励ましとアリスの努力もあって、彼女は読唇術を身につけ、英語とドイツ語を話し理解できるようになった。家庭で教育を受けてフランス語を学び、婚約後はギリシャ語を学んだ。彼女は、ヨーク公ジョージ(のちのジョージ5世)とテック公女メアリーの結婚式でブライズメイトとなるなど、幼い頃からイギリス王室の一員として育った。
1902年、伯父エドワード7世の戴冠式でギリシャ王子アンドレアスと出会い、2人はたちまち恋に落ちた。1903年10月にアリスはダルムシュタットでアンドレアスと結婚し、ギリシャのグリクシンブルク王家の一員となった。結婚式のあと、アンドレアスは軍人としての任務を続行し、アリスは慈善活動に没頭した。
バルカン戦争になると、アンドレオスは軍人として身を投じ、アリスは看護婦として野戦病院で働いた。
第一次世界大戦が始まり1916年12月、フランス軍の爆撃を受けたアテネで、アリスと子供たちは宮殿内の地下壕にこもっていた。結局、王は退位し、ギリシャ王家はスイスで亡命生活を送ることとなった。この後、ギリシャでの政争に翻弄されることになる。
1947年4月、アリスはイギリスへ戻り、11月には海軍大尉となっていた息子フィリッポス(フィリップ・マウントバッテンと姓名を改め、英国国教会に改宗して、ギリシャ・デンマークの王位継承権を放棄した)と、ジョージ6世の後継者エリザベス王女(のちのエリザベス2世)の結婚式に出席した。
1969年12月、アリスはバッキンガム宮殿で亡くなった。
(サイトより引用 情報元:Soya Mori様)
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歴史に翻弄された王女。聴覚障害のある方だったとは知りませんでした。