日本点字の創始者 石川 倉次
http://www.hamamatsu-books.jp/category/detail/4c8db569d157c.html
1881(明治14)年、東京の「かなのくゎい」に参加。そこで知り合った小西信八(新しい盲唖教育の基礎作りをしていた)先生から訓盲唖院へ招かれ、1886(明治19)年訓盲唖院(現筑波大学付属視覚特別支援学校)の教員となる。
当時目の不自由な人の文字はあったものの、使いにくいものだった。そのため倉次はフランス人のルイ・ブライユが考え出した点字を日本式に作り変える仕事に取り組み、ついに1888(明治21)年3点4方の8点を基とする案を作り上げた。
その後、1889(明治22)年遠山邦太郎が6点点字案を発表。
1890(明治23)11月1日選定会で倉次の点字が日本点字として選ばれた。以後この日が点字記念日に制定された。
1929(昭和4)年倉次が来浜したのをきっかけに、翌1930(昭和5)年浜松盲学校(現:県立浜松視覚特別支援学校)に記念碑が建立され、倉次も除幕式に出席。
碑はその後移転し、1964(昭和39)年浜松市立中央図書館敷地内に移転し現在に至る。
(サイトから引用)
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Wikipediaによると
「1910年東京盲唖学校が、東京盲学校と東京聾唖学校に分離した際、東京聾唖学校へ異動」
https://ja.wikipedia.org/wiki/石川倉次
とのこと。
ろう者にも関わりの深い人だったのですね。