筆談の陸軍大将・奥保鞏(おく やすかた)
http://ja.wikipedia.org/wiki/奥保鞏
日露戦争において、軍司令官や参謀長人事は薩長出身者がほとんど独占したが、「奥だけは外せまい」というのが陸軍部内の一致した見方であった。4人の軍司令官のうち、参謀なしで作戦計画を立てられるのは、奥だけだった。奥は実は耳が不自由で、司令部では幕僚と筆談でコミュニケーションをとったとのことだが、奥の能力に影響を及ぼすことはなかったらしい。

奥は生涯自分の戦功などを語ったことがなく、むしろ功績を消そうとすることもあったらしい。日露戦争終戦後凱旋した際、日の丸を揚げてバンザイを叫ぶ人々の姿を見て、「済まぬ、許してくれ」(父親や兄弟達を大勢殺してしまった自責の念と思われる)と呟いたという逸話が残っている。天性の軍人らしく、政治向きのことには一切興味を示さず、静かな晩年を過ごした。
(サイトから引用)
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筆談ホステスが最近話題ですが、情報が重要な軍隊で、筆談で大将にまでなるというのはもうないかもしれませんねえ。
日本にはもはや軍隊ないですし。