新しい服を手に入った。


ちょっとうれしい。


すっかりはまっちゃって、一日中田植えばっかりしている。



関係ない話だが、


昨日UPされたゴールデンボンバーのMステを繰り返して見た。


どうも違和感を覚えてしまう。


ゴールデンボンバーはいつもの仕事をしているはずなのに、


なぜか偽者っぽく見えちゃう。


テレビ的の意図はライブの再現だとわかっているが、


その再現はあんまりにも人工的かつ不自然なものだ。


たぶんディレクターもボンバーのよさはライブだと理解しているものだが、


再現することにより、


ふだん彼らの真摯さと熱意が幾分磨り減ってしまった。


彼らはファンを盛り上げることよりも、


いかにカメラの前で自分を表現することを意識が向いている。


テレビの枠の外、


彼らを知らない人々のことを意識している。


それはもちろんごく自然なことだと思う。


売れるためにテレビに出ているから。


でも、本当のライブでは、


ファンは彼らを愛するために駆け込んだ。


彼らもそれを知って、感謝の気持ちいっぱいで、


心を込めて緊張しながらも安心感を感じながら演出している。


それは如何にも人の感情をかきたてるものだし、


人に感動を与えるものでもある。


テレビでは、ファンの熱狂とライブの再現は所詮演出の一部となり、


演じることにより、


彼らの一番のよさ、


つまり、謙虚で懸命に人を感動させる真摯な感情が、


消え失ってしまったのでは。


敏感な古参ファンにとって隔たりと距離を感じてしまう原因ではないかと思う。


テレビに出れば出るほど、


「変わった」という衝撃を必ず古参ファンに与えてしまう。


本当に変わったかどうか本人たちしかわからないけれど、


テレビという不自然なフィルターを通して、


新しいイメージが作られ、新規ファンも増える一方だが、


彼ら元々のよさも消されてしまうだろう。


寂しいことだ。



と田植えしながらこんなことを考えた。




ゴールデンボンバー今日Mステデビューでした。


おめでとうございます。


世の中にこんなにかわいい生物居ていいかな。


ファンの子はみんなキュン死するじゃないか。


でも、本当は…


バイトしていたから見れなかったの(/ω\)


明日からどなたか優しい方がうPしてくれたらいいけどね。


じっくり探すわ。


超みたい(*⌒∇⌒*)



何だろう。


彼らがこんなに頑張っているけど、


すごく楽しそうな感じがする。



私も自分が好きなこと、進みたい方向を人にそういう印象を与えられるといいな。


ただの自己満足じゃなくて、


こんなに頑張っているのはみんなさんを楽しませるためところが感動する。


一生懸命さがとてもかわいらしく思える。


「ほら、俺格好いいだろう」の表現仕方は正直きもいけど、


ゴールデンボンバーはそういうところが奇跡的に全くない。


そこが格好いいし、かわいい。


こっちも支えたくなる。


ひとに応援したくなるような気持ちをうまく引き出せるのがすごい。


好き!


勉強するところがいっぱい!


これからもついていく。

あの人はたぶん私が思った以上がっさつだろう。


親切そうだが、


返答も対応もいつも適当。


それで楽だと思っていたが、


私が必要なのはもっとびしっと教育してくれる方かもしれない。


必要なとき助けてくれて、


だめなとき叱っていただける父親的な存在だと思う。


理想論だね。


でもあの人じゃなければ、


私はこんなにいろんなことに溺れたり、


苦しんだりする自由もなくなっただろう。



放任主義こそ私がこの世の中の人、もの、ことの仕組みもっと見れたと思う。


それについていつも感謝している。


ほったらかした分はものすごくさみしい。


かまってかまってと思わなくもない。


敬意はまだある。


愛情はいっぱい。


でも伝達する方法がわからない。


雲の上にいるような人、


近づくたびに鼓動が激しくなる。


恋に近い感情だが、


別のレベルのものだとわかっている。


混同はしない。


まずはもっとあっていろんなことを話して見たい。


受け入れてくれるかな。