カレーに本格的に凝り始めたのは2003年頃。天啓を受けてとかならいいのですが、特にそういうわけでもなく。一年に何か一品目そういうテーマをもっていればいいかな?と。その前の年は学生時代から避けていた「パスタ」に。
避けていたのは「パスタ」ブームみたいなのがあって(学生の頃ですね)。何かパスタを語るようなヤカラってどうよ(エセな都会人)という思いが強かったのですが、
「食べてよければそれでよし」
ということで、まずは「パスタ」から。これはどちらかというと「作る」方でした。
で、カレーは「食べ歩いてみよう」それで、自分の好きなものは何なのか?を探る。そんなアホな感じでした。
思えば、このちょっと前からカレー番長(M氏グループですね)が話題になり始めていたので、ブームにのったのかもしれません。
東京のカレーといえば神保町ですね。御茶ノ水の楽器屋街にいく僕ですが、カレーを食べる(遅い朝)→消耗品を購入する→カレーを食べる(昼)→中古機材を適当に見る→カレーを食べる(夕方)というプランで3食いったろか、と意気込んで家を出ました。
まず、楽器屋街に一番近い立地のエチオピアで食する。「カレー・エチオピア・駿河台」のワード検索で山ほど出てくると思います。また、この店は有象無象のカレー批評家からやたら評判がいい。
当時、欧風を別物として語っていた批評家が多かったのもありますが(いまでもそうかな?)、そんなヤカラのファースト・コールでしたね。
思ったより小さな店にはお客が3人くらいしかいない。皆一人客で、女性2名の男性1名。いかにも古本屋でアートな本を探していますっていうノリ。僕は「普通で」とオーダー。で、いきなり茹でたジャガイモが出てきた。
なんだ、「ボンディ」スタイルじゃねえか?
ボンディは日本初の欧風カレー屋さんといわれ、ここで修行した方が多数いるそうな。で、カレーをオーダーして待つ間に、茹でたジャガイモとバターが出てくるのは「ボンディ」が広めたそうな。だから単純に僕はそう思ってしまう。
エチオピアには何の問題もないが、欧風を嫌うカレー批評家が嫌いなもので、その彼らのファーストコール店にその影響が見て取れると笑ってしまう。
「はい60倍カレー」
耳を疑うオーダー。奥のカウンダーにいるロングヘヤの女性。年のころは20代後半くらいか?わかって読んでるのか?と聞きたくなる洋書を片手に食べ始めた。
60倍だぞ、おい。しかし、ファミレスのお子様カレーを食べるように、無表情に食っている。
「はい20倍」次の男がそれを受け取る。男は本を置いてカレーに集中している。60倍女よりはやや辛そうに食っている。
「ハイ普通の」
なんだか「この凡庸な野郎」っていわれているような寂しい気持ちになる。
普通でもそこそこ程よい辛さがある。さすが評判店。特にカルダモンとクローブと思われる香りが抜群にいい。しかしながら、残念な気持ちになって店をでる。
楽器の消耗品を買って、プラプラする。実は店は決めていなかった。キッチン南海の黒のカツカレーもいいし、共栄堂は行こう。ただ「まんてん」全部のせカレーだけはやめよう、そんなノリでした。
で、昼は「共栄堂 スマトラカレー ポーク」に決定する。メディアによく出ている(当時から)親父さんも健在だった。ちょっと昼としては遅かったのか?お客も少なめ。ま、落ち着いていいか。スパイスを炒めているのが特徴という。思ったより色は黒い方向ではない。香りも特徴がある。ただ、エチオピアと比べると弱い感じだ(悪いという意味ではなく)。味は…意外に家庭的な方向でよい。食べる順番が間違ったと思う。
また御茶ノ水に戻って中古モノをチェック、興味本位でギター・ベースを試奏するも「もう止めて帰ろうか」という気持ちとカレーが充満。こんなことも想定していて、とある音楽サークルの後輩と合流するアポをとっていた。もはや自分で決められなくて、上記以外ならイイと思ったものの、「ボンディ」っていうので、いや、ここで欧風はキツイな、と。
そうか、カツカレー的な奴ならちょっと違うか?しかも、キッチン南海はカレーというかソースのようだったような(相当前に食べたか食べなかったか?くらいの記憶)。
せめて初な店ならってことで3軒目に突入。
初志貫徹。
キッチン南海カレーはまさにソースですよ。程よく辛く、ガーリックが利いている感じ。
こんな状態で食べたくなかったね…全然問題ないけど
「カツがはんぱなくデカイ」
後は、もたれるかもたれないか?ということです。ま、でも一応カレー屋ハシゴ完了。
やはり、ハシゴ的食べ歩きには計画性と、それをOKにするジャンル、そして体力が
大事ですね。
懲りずに餃子やろうかな?と。