貸しボートがあった頃 ~ 素潜り
あの頃は、空いている貸しボートあると、素潜りでサザエやアワビを採った。
潜るのは大潮の頃だ。
大潮になると、潮の引きが大きくなるので、海底の岩場が近くなる。
潮が引き始め、いつもは海中に隠れている磯がポッカリと頭を出す。
それが合図だ。
その場所は、遊泳区域から少し離れているので、潜るポイントに海水浴客が来ることもない。
水中メガネ、銛、磯がね等の道具は、毎年海の家がオープンした時に持ち込んであった。
ある大潮の日。
目印の磯が頭を出した。
オレが道具を持ってボートに向かって行くと、
「おぅ、潜りに行くのか?うちのボート貸そうか?」
と、隣の海の家のオヤジさんが声をかけてきた。
オヤジさんの海の家でも貸しボートをやっていた。
「あぁ、潮がいい感じになってきたからちょっと行ってくるよ。ボートは大丈夫だよ。」
と言って、道具を積み込みボートを漕ぎ出した。
以前、潜ろうとした時にボートが出払っていた事があった。
その時、オヤジさんにボートを借りに行った。
「貸してもいいけど、うちのボート代は高ぇぞ。」
と、オヤジさん。
「あのオンボロなボートでぼったくるつもりか?じゃあ、サザエで払うよ。」
「おぅ、期待しねぇで待ってるよ。」
と、笑った。
元々、オヤジさんにはオレから金を取ろうなんていう気はない。
それでも、オヤジさんには少なからず世話になっている。
その時は、オヤジさんにいくつかサザエを分けた。
ボートを漕ぎ出して、5分ほど漕いでポイントに到着。
アンカーを下ろしてボートを固定。
準備を整え海の中へ。
ボートにつかまり、海中を見る。
水深は3m位だろう。海底の岩場がハッキリ見える。
透明度はバッチリだ。
息を吸い込み、一息で潜る。
海底の岩をつかみ、体を固定し上を見上げた。
水面が太陽の光でキラキラしている。
辺りの岩場を見る。
磯に張りついているサザエがいくつも見える。
サザエは巻き貝なので、見つけやすい。
それに対して、アワビは平たく磯と同化しているので、一見分かりにくいが慣れてくるとそれほどでもない。
この日の収穫は、サザエが10数個、アワビが5~6枚、タコが1匹。
小さいものは採らないので、手元にあるのはどれもそこそこのサイズだ。
タコは、磯の中を覗き込んだ時に見つけた。
とりあえず、これだけ採れれば十分だ。
真夏とはいえ、ウェットスーツも着ずに何度も潜っていると、さすがに体が冷える。
泳いでいる水面と、潜っている海底では水温が全然違うのだ。
オレは戻ることにした。
ボートを漕いで岸に向かっていると、隣の海の家からオヤジさんが出てくるのが見えた。
ボートを岸に着けると、
「どうだった?」
と、トロ箱の中を覗き込んだ。
中からスカリを取り出して、
「おっ、なかなかいいタコじゃねぇか。」
「タコはやらねぇよ。」
「わかってるよ。」
トロ箱とは、魚市場等で見かける魚を入れる発泡スチロールの箱のことだ。
スカリは、釣り人が釣った魚を入れる時に使う、網で作った袋のような物をいう。
箱の中では、タコが逃げ出してしまうので、スカリの中に入れておく。
オレはトロ箱を持って、オヤジさんの海の家へ行き、売店前のテーブルに座った。
そこへ、オヤジさんがビールとツマミとを持ってきた。
但し、仕事中なのでノンアルコールだが、オヤジさんのツマミは美味い。
オレは、ツマミをつつきながらオヤジさんに、
「どれにする?」
オヤジさんは箱の中を見ながら、サザエとアワビをいくつか取り出して、
「これだけいいか?」
サザエが5~6個、アワビが2枚。
「あぁ、いいよ。」
オヤジさんは、
「ありがとな。」
と言って、持って行った。
オレは、戻って来たオヤジさんに、
「オヤジさんもバイトに潜らせればいいじゃねぇか。」
「お前がアイツらに潜りを教えてくれればな。」
「オレだってそんなにヒマじゃねぇよ。潜ってりゃそのうち慣れるだろ。」
「アイツらにそんな事させたら、サザエを採れるようになる前に夏が終わっちまうよ。」
「それもそうか。」
そんな話をしてるうちに、ツマミも食べ終わり、オレは海の家にも戻った。
その後も大潮の日には何度か潜ったが、その度にオヤジさんの所へ行き、美味いツマミを食べながらサザエを分けた。
だがその数年後、貸しボートは中止になり、素潜りもできなくなった。
機会があればまた潜りたいが、今は規制も厳しいので、もうそれも叶う事はないだろう。










