広福女王♥仙台334の広福菜根譚 その35
表向きは「ロッテに甘えてしまうと自分が駄目になるから」というが。
現在、阪神好調の象徴的存在となっている西岡剛。
ベンチを明るくし、大和、鳥谷、新井兄弟、桧山までも打てるようになり
セリーグの他球団と違い首位巨人にピッタリくっついての2位の好成績の原因は
彼の勲功によるものに間違いはないと思いますが、去年、阪神入団時においては
古巣千葉ロッテとオリックスからもオファーされていたようです。しかし、西岡は
「ロッテも熱心に声をかけてくれた。たぶんフロントもファンも選手も、やりやすい
環境をつくってくれたと思う。でもそれに甘えてしまうと、自分の野球人生が早く
終わってしまう気がした。もう一度、自分にプレッシャーをかけないといけない。
他球団で、厳しい阪神で自分をもう1度、つくりなおそうと思った。」
しかし、それならオリックスでも良かったはず。それなのに西岡はオリックスも蹴り
阪神に行った。読者の皆さんは「パでやっていく自信がないから。」だとか
「セで試してみたかったから」などの理由があがると思います。事実、私も安易に
それくらいの理由だと思っていました。しかし最近になってロッテとオリックスにはあの千葉
ロッテファンにとっては忌まわしい2009年ボビー解雇の主犯が関わっていたのです。
ボビーバレンタイン監督解雇の主犯たち

↑の写真は2009年9月26日、フロントのボビー解雇の扱いに怒り応援団であるMVPが
横断幕を張って抗議していますが、その横断幕に「瀬戸山・石川・米田、全員死刑」
と過激に書かれています。「瀬戸山、石川、米田」って誰?
瀬戸山は当時の千葉ロッテの球団社長だった瀬戸山隆三氏、
石川はその瀬戸山の腹臣で球団運営本部長だった石川晃氏、
そして米田とは重光昭夫オーナーが外部からスカウトし、
当時は球団副代表補佐に君臨していた米田容子女史。
この3人がボビー・バレンタイン解雇の主犯3人組だったと言われています。
西岡も「子供の夢を壊す横断幕は下げて欲しい。」と勝利インタビューで訴えますが
翌日、MVP応援団は西岡にも中傷する横断幕をかかげ、応援を拒否、MVP応援団
以外のファンから自然に「剛コール」や対戦相手のオリックス応援団から応援され、
応援ボイコットのMVPにファンが「帰れ」コールが起こるなど物騒な雰囲気となり、
MVPは解散する事になり、ロッテの応援も殆どが一新されました。いずれにしても
千葉ロッテの選手にしても千葉ロッテファンにしても痛い思い出となりました。
そしてその後の3人の行方は?
ボビー解雇で結託した瀬戸山、石川、米田の3人ですが米田女史が寵愛していた
サブローが瀬戸山や石川と対立し2011年に巨人に行った事で米田と瀬戸山&石川
との間も対立が生じ、その年の9月に瀬戸山と石川が辞任、そしてサブローが巨人から
千葉ロッテに戻ってきました。その動きに米田女史の働きかけがあったということは
想像に難くないでしょう。その米田も2012年2月20日、千葉の偉大なる英雄、長嶋茂雄
の誕生日にロッテ球団を退団し、その時は多くのロッテファンがネット上で歓喜しましたが
その後、元斗山のロッテ酒類に米田女史が行き、斗山ベアーズのコーチをしていた元
西武司令塔、伊東勤をロッテの最高幹部と合わせロッテ監督にした
という事実が判明した時はガッカリしたのではないでしょうか?
一方、石川については不明ですが瀬戸山に関しては、球団代表をやめた後、千葉ロッテの
非常勤顧問になった後、2012年11月、オリックス・バファローズの執行役員球団本部長補佐
に就任しています。それには西岡をオリックスに呼ぶ魂胆もあったのは間違いないでしょう。
本音は元ロッテ幹部と関連ある球団と距離を置きたかった
実は西岡もサブロー同様、米田女史に可愛がられた選手でした。
冒頭のコメントの「やりやすい環境」「甘えてしまう」というのはファンよりも実は
可愛がってくれた米田女史への言葉だったのではないかと思います。
オリックスを敬遠したのも元千葉ロッテ球団代表の瀬戸山がいる球団には行きたく
なかったからだと思います。この西岡の選択は大正解だったと思います。
セリーグの阪神に行く事で古巣ロッテとは交流戦と日本シリーズ以外では敵対する
ことはなく、千葉ロッテファンにも相変わらず愛され、阪神ファンにも愛されるように
なったのですから、西岡にとっては万々歳なのではないでしょうか。
厳しい選択をするとかえって人生は好転するものなのですね。