薩摩の江戸の藩邸は四か所あって、島津斉彬の住む上屋敷は芝の新馬場にあり、中屋敷は幸橋内の芝新堀、下屋敷は渋谷と品川高輪下にあり、
品川高輪下にある三田屋敷が西郷隆盛ら仲間達が集まる拠点で、西郷隆盛は三田屋敷に戻ると、早速、樺山三円を見つけ出し聞いてみた。
「三円どん、釣り舟を漕いでくれる漁師を紹介してほしいのでごわすが、知っとる漁師どんは居もはんか?」、
「はあ、漁師でごわすか、吉之助どん、釣りでもして遊ぶ気でごわすか?」、
「いや、一橋卿(一橋慶喜・徳川慶喜)が最近、佃島から舟を出して、投網をしているらしいと聞きもしたんでの、一目、近くで見てみたいと思ってのう」、
「そうでごわすか、わかりもした、源兵衛さんを紹介するでごわすよ」、
そうして、樺山三円は、薩摩藩邸へ出入りしている、八つ山下の、源兵衛さんを紹介するけど、源兵衛は、気性はさっぱりして良いが、客に対して釣り方が下手だとか、船の上の行動とかについて、客に対して、キッパリと文句を言う漁師だった。
西郷隆盛は、早速、源兵衛に会い、次の日、舟を出してもらった。
源兵衛は元気よく舟を出し、「旦那、今は沙魚(ハゼ)の季節ですぜ形も大きいし、餌も充分、積んでいるから、沢山釣ってくれ」と、言って沙魚の多いところへ漕ぎ出したが、
西郷隆盛は、「いや、佃島の三十本杭へ行ってもうせ」と頼むと、
源兵衛は、「旦那、あそこは魚はいませんぜ、バッタならいますがね、まっ、おいら、魚のいねえところなんぞへ舟を回すのなんて嫌だね」、
「そうでごわしょうな」、西郷隆盛は理由を話そうと思って、話し出した。
次の将軍候補の中から、一橋慶喜を推しているが、顔も見た事が無いし、佃島から舟を出し投網をしているという噂を聞いたので、運が良ければ顔が見たいと思っていることを話した。
「だから、源兵衛どん、佃島のほうへ行ってくれもうせ」と、
西郷隆盛は両手をついて頼んだら、源兵衛は、目をパチクリさせて泣き出した。
西郷隆盛は、源兵衛が自分の気持を解ってくれたと思って喜んだが、違っていた。
源兵衛にとっては、西郷隆盛のような大きな体の男が、将軍様とか、一橋様とか、ご老中だの天下だのとか言って、両手をついて土下座までして頼み込まれたので、源兵衛にとっては、とんでもない脅迫に思えた。
源兵衛の頭の中では、侍のやり方で、これほどの秘密を知ってしまったからには、後で、バッサリと斬られて始末されてしまうのでは無いか不安だったらしく、後で源兵衛は、この時、感じた恐怖を、しみじみと語っていたみたいです。
この時から、源兵衛は、西郷隆盛には絶対に逆らわ無くなり、西郷隆盛の言う通りに舟を動かしますが、一橋慶喜の乗った舟は、一向に現れなく、何日も過ぎた。
朝になると、源兵衛の家の前に、西郷隆盛が魚籠(びく)を持って毎朝のように待っている、
「すみもはんなぁ、慶喜様が、いつ舟を出すか解りもはんで、毎朝のように舟をしてもんで」、
それで舟が、佃島に着き、陰に隠れるように舟を停めると、西郷隆盛は、しばらくして、大きな体で舟の中で眠ってしまう、そうなると源兵衛は何もすること無く、気がせってしまう、もともと源兵衛は、せっかちだから、
西郷隆盛の寝姿を見ていても、しょうが無いので、西郷隆盛の代わりに島へ降りて、いろいろと聞いて回って探索をし出した。
心の中では、『勝手な事をして怒られるかも』と、ヒヤヒヤしながら。

つづく。