松下村塾規則の第三条は、「忠孝1本の生命感から、わが民族の理想である上下一体の天(宇宙)の姿を、自然に悟らせてゆこう」と言う、
吉田松陰の大和開眼の考えからで、
第四条は、「人と人(人間)の関係は敬と愛とによって繋がれるのでなければ、秩序の維持は出来無い」と言う、これも吉田松陰の考えからで、
第五条は、「運用のための、この規則は礼儀によって守られるものである」としてで、
この規則以外にも、他の塾には無いような事があって、それは、授業料を取ら無い事で、
少しの束脩(そくしゅう・入門料)だけを取り、後の授業料は取ら無い、
それは、「束脩を取れば、その後の授業料は取るべきでは無い、学問は売るべきものでは無く、武士は藩の棒録を享(う)けている、子弟の教育は、その棒録に対する社会的な責任であって、その上、別に授業料を取って門戸を張ったり、身辺を飾ったりするのは、理に合わない教育の冒瀆だ」として、授業料は、受け取ら無い事にして、
そして、寝食は、塾生と師が、できるだけ共に、するべきとして全寮主義にして、
住み込みで学ぶ者と、通いで学ぶ者が出来ていきます。
だから、吉田松陰と弟子達は共に畑を耕したり、塾の修理をするために、大工の真似や左官の真似をしたりしていたみたいです。
松下村塾の日記には、昼食は、住み込みの者も通いの者も、ほとんどが塾で出されたのを食べていたみたいで、
杉家で出す食費は、かなり多かったみたいです、でも、塾生達も自分の家から、いろいろと食物を持って来ていたみたいで、
皆んなでいろいろと協力しあって、学び合っていたみたいで、
師弟一体の松下村塾は、藩内の中で有名になっていき、特に学問を学びたい、青少年達に注目されていきます。
吉田松陰は、塾の規則を考え書き終わると、ホッとため息をついて、いろいろと思い出し始めます、
そして、海で会った、坂本龍馬の事を思い出しました。
「あの海で会った、坂本君はどうしているじゃろうかのう、桂(桂小五郎)君が友達になったと言うような事を言って連れて来たが、坂本君は剣術の修練だけで、世の中の事は何も知らんような感じじゃったが、じゃが、あの坂本君は人を引き付ける魅力があった、どう言ったら、いいか解らんが、こう大きな感じ、この先、大きな人間になるような?、じゃから、わしは、坂本君の事が気になって頭から離れん、わしの買い被りかも知れんがのう、ハハハ」、
【注・幕末篇を書き始めた時、吉田松陰と坂本龍馬は海で会ったように書きましたが、実際には、吉田松陰と坂本龍馬は面識が無かったと思います、坂本龍馬と桂小五郎が顔見知りになったのも、この頃より、もう少し後のほうです】
すみません、これから、場面を土佐へ変えます、
武市半平太は、まもなく江戸へ藩の許可を得て剣術修行に行きます、岡田以蔵も連れて、
そして、坂本龍馬も2回目の剣術修行へ行く事になります、
では、次回より、武市半平太、岡田以蔵、坂本龍馬が江戸へ出発する前から、
出発するまでの場面になります。
つづく。
吉田松陰の大和開眼の考えからで、
第四条は、「人と人(人間)の関係は敬と愛とによって繋がれるのでなければ、秩序の維持は出来無い」と言う、これも吉田松陰の考えからで、
第五条は、「運用のための、この規則は礼儀によって守られるものである」としてで、
この規則以外にも、他の塾には無いような事があって、それは、授業料を取ら無い事で、
少しの束脩(そくしゅう・入門料)だけを取り、後の授業料は取ら無い、
それは、「束脩を取れば、その後の授業料は取るべきでは無い、学問は売るべきものでは無く、武士は藩の棒録を享(う)けている、子弟の教育は、その棒録に対する社会的な責任であって、その上、別に授業料を取って門戸を張ったり、身辺を飾ったりするのは、理に合わない教育の冒瀆だ」として、授業料は、受け取ら無い事にして、
そして、寝食は、塾生と師が、できるだけ共に、するべきとして全寮主義にして、
住み込みで学ぶ者と、通いで学ぶ者が出来ていきます。
だから、吉田松陰と弟子達は共に畑を耕したり、塾の修理をするために、大工の真似や左官の真似をしたりしていたみたいです。
松下村塾の日記には、昼食は、住み込みの者も通いの者も、ほとんどが塾で出されたのを食べていたみたいで、
杉家で出す食費は、かなり多かったみたいです、でも、塾生達も自分の家から、いろいろと食物を持って来ていたみたいで、
皆んなでいろいろと協力しあって、学び合っていたみたいで、
師弟一体の松下村塾は、藩内の中で有名になっていき、特に学問を学びたい、青少年達に注目されていきます。
吉田松陰は、塾の規則を考え書き終わると、ホッとため息をついて、いろいろと思い出し始めます、
そして、海で会った、坂本龍馬の事を思い出しました。
「あの海で会った、坂本君はどうしているじゃろうかのう、桂(桂小五郎)君が友達になったと言うような事を言って連れて来たが、坂本君は剣術の修練だけで、世の中の事は何も知らんような感じじゃったが、じゃが、あの坂本君は人を引き付ける魅力があった、どう言ったら、いいか解らんが、こう大きな感じ、この先、大きな人間になるような?、じゃから、わしは、坂本君の事が気になって頭から離れん、わしの買い被りかも知れんがのう、ハハハ」、
【注・幕末篇を書き始めた時、吉田松陰と坂本龍馬は海で会ったように書きましたが、実際には、吉田松陰と坂本龍馬は面識が無かったと思います、坂本龍馬と桂小五郎が顔見知りになったのも、この頃より、もう少し後のほうです】
すみません、これから、場面を土佐へ変えます、
武市半平太は、まもなく江戸へ藩の許可を得て剣術修行に行きます、岡田以蔵も連れて、
そして、坂本龍馬も2回目の剣術修行へ行く事になります、
では、次回より、武市半平太、岡田以蔵、坂本龍馬が江戸へ出発する前から、
出発するまでの場面になります。
つづく。