篤姫の輿入れ道具に、西郷隆盛が選んでいかなければならない物は、
たんす、長待、挟箱、鏡台、くし箱、脇息、衣桁、手箱、火鉢、煙草盆、文机、びんだらい、衣類、夜具、髪飾りと、
この頃の上の階層の婚儀は、その女性が生涯使う物を持って行くのが習わしだったから、
西郷隆盛は、それらを選ぶように命じられ、大変になった。
それで、自分の部屋で悩んで考えているところへ、橋本左内が訪ねて来た。
道具選びで大変な時だったけど、訪ねて来たのが、橋本左内だったので、歓迎して部屋へ通すと、
橋本左内は座ると、すぐに、
「篤姫様の将軍家への輿入れが近づいているそうで、おめでとうございます」、
「はい、そうでごわす、ありがとうございもす」、
「実は今日、その事で、篤姫様に、お願いしたいことがあり、西郷さんから、篤姫様に伝えてもらいたく思い、来たのです」、
「ほう、そうでごわすか、それで何を伝えばいいでごわしょうか」、
「はい、大奥の中には、水戸の、御老公(水戸斉昭)様を嫌っている女の方が沢山います、そうなると、当然、御子息の慶喜様をも嫌っている女の方もいるでしょう、だから、篤姫様に大奥の中で、一橋慶喜様を次の将軍候補になれるよう、女の方達に説得してもらいたいのでです」、
「そうでごわすか、でも、その事なら、すでに斉彬様から篤姫様に、大奥の中で働き掛けるよう話しはついてもすが、でも、他藩の有志の藩士からも応援されてるとなりもすと篤姫様も心強くなるでごわしょう、聞かせて下さい伝えもすので」、
「はい、まずは、一橋慶喜卿は生まれつきの英雄です」、
橋本左内は平岡円四郎から、一橋慶喜は永明特絶のお方だと書いた手紙を送られていたみたいで、
それを橋本左内は方々へ転用したので、
これも、一橋慶喜派の人々の間で評価が上がった原因の1つみたいです、
「ほう、確かに、そうでごわすな」、
「はい、大抵の場合、英雄は作られます、優れた資質を持ちながらも恵まれず、努力と環境を変え積み重ねながら成り上がります、だから、どうしても野心が付いてしまいますが、一橋慶喜卿には野心が無いのです」、
「橋本どんは、慶喜卿には、野心が無いと言うでごわすか」、
「はい、慶喜卿の父君は水戸の御老公斉昭様、母君は有栖川の姫宮、そして兄上の慶篤様が水戸家を継いで、慶喜様は、一橋家へ入ったので、世間の野心や欲心を持つ必要が無かったのです」、
「なるほど、そうでごわすな」、
「ですから、欲や野心が無いと言う事は、欲や野心によって動く者達の動きが良く見えると言う事です」、
「まぁ、そうで、ごわそうな、確かに良く見えると思いもす」、
「こういう時こそ、人の事が、良く見えて解る、お方こそが、この非常時に指揮を取るべきだと思うのです」、
西郷隆盛は、ここまで聞いて、橋本左内という男は、一橋慶喜に惚れぬいているなと思った。

つづく。