幾島の声を聞いて西郷隆盛は、おそらく篤姫付きの女中達だろうと思い、女中達の前まで行き跪(ひざまず)き、
「おいは、お庭方、西郷吉之助にございもんで、殿の命により、篤姫様をお守りに来もした」、
老女が前に出て来て、「そうか、それは大儀だ、しばらく待たれよ」、
幾島の後ろに女が立っている、おそらく、この方が篤姫だろうと西郷隆盛は思ったが、他の女中達は何やらしようとしていてなかなか部屋の前から遠ざかろうとしない、火はもう、すぐ近くまで来ているのに、
西郷隆盛は、早く避難させねばと思い、「すでに火は回っておりもんで、猶予はなりもはん、今すぐ避難してくれもはんと」、
幾島は顔をひきつらせ、「奥には、奥方の英姫(ふさひめ)様より頂いた、輿入れの道具や衣装がある、焼けてしまったら、奥方様に申し訳ござらぬ、だから運び出さなくてはならん」、
英姫は、一橋家から島津斉彬の正室として輿入れしていた姫です。
「そんな暇は、ありもはん、篤姫様の命と輿入れ道具、どちらが大事でごわしょうか、まだ避難しないもんでは、おいどんが篤姫様を抱えもんで避難させるんで、退いてくいやんせ」、
幾島は顔を、また、ひきつらせ、「篤姫様を抱えるなど、なんと無礼な、お咎め(おとがめ)があるぞ」、
「はっ、解っておりもす、篤姫様を助けた後、腹を斬るなり、どのような罰も受け持つ覚悟がありもす」、
それを聞いていた、篤姫は、「もう良い、幾島、そこの西郷の言う通りにしよう、西郷の言う通りじゃ、奥方様から頂いた、お道具は諦めよう、奥方様も許してくださるだろう」、
西郷隆盛は、それを聞き大きく頷き、「これで決まりもした、早く篤姫様を外へ避難させるとじゃ」、
西郷隆盛は先導をきって、「退け退け~、篤姫様を、ご避難させっとじゃ~」と、
逃げ惑う人々を押し退けて、表門まで避難させた。
避難が済むと、大屋根が崩れて落ちて、金色の火の粉が夜空いっぱいに舞い広がった。
その後、西郷隆盛に藤田東湖が圧死したという悲報が入り、ひどく落ち込んだ。

その西郷隆盛は、橋本左内と会うため参政鈴木主税の長屋へ向かっていた。
西郷隆盛は鈴木主税の長屋の前に着くと緊張した。
藤田東湖が信頼し、肥後の横井小楠も信頼し、わが藩主の島津斉彬も信頼していると言う、橋本左内とは、どんな男なのか?、と、
「頼もう」と、西郷隆盛が声を掛けると、
引き戸が開き、体の小さい青年が出て来た。
「鈴木主税どのの、お宅で、ごわしょうか?」
「はい、そうですが、鈴木主税どのは、ただ今、国許へ帰っていまして、しばらくの間、留守にしていますが、何か、ご用があれば承りますが?」、
「いえ、こちらに、橋本左内どのが、いらっしゃると伺いもして、来たのでごわすが、橋本左内どのは、おられますでしょうか?」、
「はい、私が、橋本ですが」、
橋本左内は、小柄で色が白い青年で、それを見た西郷隆盛は、少しガッカリした。
どんな男かと期待していたら、想像とは違い弱々しい感じだったので、

つづく。