今にも、屋根が崩れ落ちて来そうな中、藤田東湖の母親は、部屋の中へ急いで戻って行った。
母は、急に小走りのような感じで戻って行ったので、藤田東湖は、母の体を掴んで止める事が出来無かった。
「母上、一体何を忘れたのじゃ?、部屋へ戻ったら駄目じゃ、危ない」、
藤田東湖の母は、「火鉢の火を消し忘れておるのだ、今から消しに戻る」、
藤田東湖の母は、部屋に戻って、火鉢の火に、やかんの湯をかけて消そうとしているのだった。
この頃、地震の時には、火は必ず消してから逃げるようにと、何処の家にも、申し付けがされていた。
母は、それを思い出し、消さなければと思い、部屋へ駆け込んだ、それと同じくらいの間に、大きな揺れが、また来た。
「母上、危ない」、
藤田東湖は叫んで、母を追って、部屋の中へ入った。
やかんの湯を掛けて火鉢の火を消し、母は、ホッと座り込んでいる、家具等は全部倒れ、屋根もグラグラと、今にも崩れ落ちる様子だった。
藤田東湖は、これはもう屋根が崩れ落ちると思い、母の体を抱き上げ、外へ投げ出した。
それと、ほぼ同時に、屋根が崩れ落ち、藤田東湖の体の上に、
母を死なせてはいけないという思いが強く、母を外へ投げ出したので、母の持っていた、やかんの湯が、藤田東湖の体に、いっぱい掛かり、
「熱い」と言った瞬間に、一瞬、動きが止まってしまったので、藤田東湖の体の上に屋根が落ちて来てしまった。
藤田東湖は、圧迫の苦しみに耐えながらも、「母どのは無事か?」と、母の無事な姿を確認し、安心して、今度は自分が脱出する時だと、近くの握れる物を掴んで逃れようとしたけれど、力が入らず、そのまま屋根に押し潰され、圧迫死してしまった。
そして、戸田蓬軒(ほうけん)も圧迫死してしまっていた。
戸田蓬軒は、地震を感じ、大きく揺れ出したので、『これは、まずい』と、思い、
重要な書類が入っている、御用箱を持ち抱え、急いで外へ出たが、急いだために何枚か落としてしまい、それを拾うため、また部屋の中へ急いで戻って行き、その時に屋根が崩れ、下敷きになって死んでしまうことになります、
水戸斉昭の両腕とも言える、藤田東湖と戸田蓬軒の2人は死んでしまった。
この2人の、この世での勤めは、まるで終わったかのように、
そして、水戸斉昭と現藩主の水戸慶篤(よしあつ)は、
水戸斉昭は地震を感じた直後、すぐに防具用の頭巾をかぶり外へ飛び出した。
この防具用の頭巾は、黒船来航以来、異国の襲撃に備えて、いつも枕元に用意していた。
現藩主の水戸慶篤も無事に逃げ出せ、琴画亭という離れ家に避難し助かっていた。
この時の江戸の様子は、武江年表というので記されているのは、
【・・・御曲輪内(おくるわうち、今の丸の内)、いらかを並べし諸侯の藩邸、あるいは傾き、あるいは崩れ、たちどころに所々より火起こりて、巨材瓦屋根の焼け崩るる音天地を響かし、再び震動の声を聞く、暁方に至りて灰燼(かいじん)となるもの多かりし】
と、記されているみたいです。

つづく。