安神車と言う世界初とも言える戦車は、練鉄7枚で張られた鎧同形の1室を車台の中に載せ、1室の中から動かせたり廻せたりでき、四方に作られた銃眼から敵兵の群れに撃ちまくることのできる、水戸斉昭考案の戦車で、他にも、魚形水雷や砲艦も完成間近で、これについて、4人は意気揚々と語り合っていた。
「これらが完成すれば、夷人どもに劣ることなど無いわ、松代の佐久間象山なども、兵器作りの完成に近づいておるわ」、
「そう、だから、あとは教育、講武所を世界1の文武大学に変えねばいかん」、
安井息軒は、昨日、元気の無かった藤田東湖を心配して見に来ていたけれど、元気そうな様子を見て、安心して帰ることにした。
他の3人は、まだ残って、話し合いが弾んでいた。
安井息軒は外に出ると、夜の道を水戸邸の表門へと向かい歩きます、
小石川の水戸邸は、徳川家康の時代は、蒲生氏郷(がもううじさと)の旧邸で、それが、1629年2月に、二代将軍・徳川秀忠から弟の水戸頼房に与えられた。
門の左は水道橋から、右は飯田橋まで藩士の長屋が続いていて、藤田東湖の住家は、水道橋の角から春日町へ続く瓦堀の近く、安井息軒は、そこから表門まで歩き、くぐりを出たところで、大地が大きく揺れる感じが足から全身に伝わった。
最初、酒を飲んでいるので酔いが回ってきたのかなと思ったけど違う、酔っているせいでは無くすぐに大きな地震だと気づいた。
将軍継嗣を巡る勢力争い、享楽や遊蕩、黒船の来航などにより国内は乱れている、その酷い様子に天が怒っているのではと、安井息軒は思い、
『天譴(てんけん)だ、それならば、もっと、もっと揺れるが良い』と、心の中で叫んだ、やがて、揺れは収まり、『もう終わったか』と思ったが、
続けて、第2波が来た、これも大きく揺れ、安井息軒は泥の中に倒れてしまった。
これは普通では無いと思っていると、「グヮゴヮ」と、水戸藩邸や藩士の屋敷らが崩れ倒れて行く音が響いてきた。
安井息軒は、「これは」と言い、その場へ座り込んでしまい、水戸藩邸の方を見ながら、「藤田東湖どの達は、無事だろうか?」と、心配するしかなかった。

藤田東湖は、最近、「元禄の大地震から、約150年経ったが、もうそろそろ来るのではないか?、このまま、大きな地震は来ないでほしいが」と、心配していた。
その矢先、大地震が来てしまった。
藤田東湖は、「天譴だ、来てしまった」と、思ったのと同時に、
大声で書生を呼び、「客人を外に避難させてくれ、わしは、母どのを見に行く」、
大きく揺れているなか、3人の客は、書生について門外へ避難して行き、藤田東湖は、母の部屋へと急いだ。
『母上は無事だろうか?』、藤田東湖は、心配の色が濃くなっている、
藤田東湖は、母の部屋の前に着くと、
「母上、無事か?」と、飛び込むように部屋の中に入り、
有無を言わさず抱き抱え、部屋の外へ出、前の庭に飛び降りた。
地震は続いている、揺り返すだけというのだけでは無く、まるで地底から何か大きな物が、飛び出して来るような感じを与えている、
そんな中、母は何か思い出したように、「あっ、忘れている、忘れてしまった」と、
部屋の中へ、戻りかけた。

つづく。