6月7日になると、水戸斉昭が、現水戸藩主・水戸慶篤(よしあつ)を連れて、昇平丸を見物に来た。
水戸の両田と呼ばれる、藤田東湖と戸田蓬軒(ほうけん)も一緒にいて、水戸斉昭は上機嫌で昇平丸に乗り込んで、昇平丸は沖合へと出た。
藤田東湖は、島津斉彬に向かって、
「わずかの期間に、これだけの軍艦を作り上げたのには感服しますが、しかし、ご老中の中には、外様の島津様が、これほどの軍艦を江戸湾に乗り込ませたのには、何か意図があるのではと思う方も出てくるのではないでしょうか」、
「それなら、ご老中の方には、このような軍艦を持たねばならぬと思っていただくように説き、この昇平丸は、8月には、幕府へ献上しますので大丈夫です」、
この話を聞いていた水戸斉昭は、
「さて、そろそろ、陸へ戻してもらおうか、船酔いしそうだ」と、
言って、高笑いしたので、昇平丸は陸へ戻って行った。

それから日々は過ぎ、夏の頃のある日のこと、西郷隆盛は、水戸屋敷の門を入って藤田東湖の家を訪ねて行き、もう何回目かの訪問になりますが、玄関先で声を掛けていた。
いつもなら書生が、すぐに出てくるのに、今日は、なかなか出てこない、
でも中からは、何人かの声が聞こえている、どうも、その声は、
「のたくり、のたくり」と、何人かの声が聞こえているので、西郷隆盛はもう1度、大きな声を掛けた。
すると中から、藤田東湖の声で、
「お~、西郷君か、西郷君の声じゃな、中へ入って来てくれ」と、呼ばれた。
西郷隆盛が、中に入っていくと、客間の中の様子を見て、その異様な光景に、廊下に立ち尽くしてしまった。
夏の暑い日なのに、藤田東湖と3人の書生が、両手を背中に組んで、畳の上に腹這って、くねくねと体をくねらせてながら進んでいる、額には汗が無数に流れている、
西郷隆盛は、この人達は何をしているのか理解できず、進む先を見ると、盃に酒が4杯注がれておかれていて、
どうやら、両手を使わずに、腹這いで体を這わせて酒のところまで競争して酒を飲もうという競争だなと西郷隆盛は理解した。
4人は、「それ、鰻の、のたくれ、のたくり、のたくり」と、声を出して腹這いで進み続けていて、
やがて到着した者から、いただきますと言って酒を飲んでいる、
この4人のうち、1人は藤田東湖、2人は弟子の書生だけど、もう1人が、初めて見る男で誰か解らず、
西郷隆盛が、「何をしているのでごわすか?」と、聞くと、
藤田東湖は笑いながら、「見て解らんか、鰻の、のたくり競争じゃ、手が使えないと、どういうものか解るためのようなもんじゃ、ハハハハハ」、
「のたくり競争?」、西郷隆盛は、そう呟き、じ~っと皆を見ながら、
心の中で、『あの男どんは誰で、ごわしょうか?」と、
今日、初めて見る男は誰なのか考え出した。
それを察した、藤田東湖は、この男が誰か紹介しだした。

つづく。