富永弥兵衛(有隣)、高須久子と自己紹介があり、
続いて、「大深虎之允」、「弘中勝之進」、「岡田一迪(かずみち)」、「吉村善作」、などなどと自己紹介が続いた。

【この先、富永弥兵衛は、吉田松陰が自宅蟄居になって牢を出て松下村塾を開いた時に、吉田松陰は藩に頼んで、富永弥兵衛を保釈してもらって教授として松下村塾で働いてもらい、富永弥兵衛は、吉田松陰から有隣という名前も貰い、富永有隣とも名乗っていたみたいです。
他にも2人、保釈後、教授を頼んでいたみたいですが家の事情で出来なかったみたいです。
高須久子は、30歳前に夫に死なれ、その後、何回か男と関係があったため、親類達が協議し、藩に頼んで野山獄へ入牢させたみたいで、いわゆる男好きだったみたいです。
野山獄の看守長というか所長とも言える男は、福川犀之助(さいのすけ)で、その下に何人かの看守が交代で監視していた。
その時の囚人の最年長者は76歳で、最年少者は34歳、そして吉田松陰はそれより下の26歳だった。】

吉田松陰は早速、机の前に座って、本を読み出したり、幽囚録を書き出し始めた。
次の日も、吉田松陰は、ずっと机に向かって本を読んだり、何か書いたりしているので、富永弥兵衛が、からかうように聞いた。
「おい、新しく入って来た人よ、お前さん、牢に入ってまで、何を読み書きしてるんだい」、
その質問に、吉田松陰は、
「僕は、死ぬまで、学ぶ気持ちでいるので、読み書きは辞めません」と、
言って、読んだり書いたりを続けた。
それを聞いた、富永弥兵衛は変わった奴だなと思い、所長の福川犀之助に吉田松陰が何で、ここに入獄して来たのかなど、いろいろ聞いて、黒船に乗り込もうとしたことを知った。
次の日も、机に向かって作業をしている吉田松陰に向かって富永弥兵衛は、
「お~い、吉田君とやら、君はメリケンの船に乗り込んで捕まったらしいな、いったい君は何をしに、メリケンへ行こうとしたんだい」と、興味本位に聞いてきた。
「それは、メリケンのことを学ぼうとして、つまり、メリケンの学問じゃ」、
「ふ~ん、しかし、メリケンの学問なんぞ学んでも、何にもならんじゃろ」、
「いや、メリケンに対抗するには、まずメリケンの事を知らんといけん、その上で対抗策を考えねば、それに今回の事で、いろんな経験をした、江戸の牢屋へ入ったし、囚人籠にも乗ったし、それに、ここに入れられて諸君らにも会えた、何もしないでいるよりは、ずっと楽しい」、
「そうか、じゃあ、これからは退屈だぞ」、
「いいや、そんな事は無い、僕はこれからは毎日、孔子や孟子に会ったりするからな」、
すると別の牢室から、
「な~んだ、本を読んで空想の世界か」と、
河野数馬という男が、2人の会話に入ってきた。

つづく。