吉田松陰の顔を、朝日に照らされながら、金子重之助は、まじまじと見ていた。
「それに、舟の中には、僕達に協力してくれた友人達の名前の書いた日記もある、舟が浜辺に流れ着いて、奉行所に届けられたら、皆のところにも役人達が行くことになる、皆に迷惑は、かけられない、だから先に奉行所に行って、皆に迷惑が、かからないように話す必要がある」、
金子重之助は、頷いて、
「そうですね先生、行きましょう、奉行所へ」、
「うん、解ってくれたか、金子君」、
2人は、浜辺を歩き出し、その様子を見ていた翳り(かげり)も2人の後を尾けて歩き出した。
2人の後を、尾けながら、翳りは思っていた。
『あの2人、本当に自首するつもりか、自首などしなくても役人供には昨夜の事は解らないのに、あっ、でも舟が浜辺に流れ着いたら、バレる可能性があるか、あの2人、死罪になるのかな?』、
翳りは、そんな事を思いながら後を尾けている、

やがて、吉田松陰は、笑顔で金子重之助を見て、
「金子君、玉田永教(江戸時代の神道家)先生の言葉に、天地は父母祖先の根本なり、という一句がある」、
金子重之助は、吉田松陰を見て聞き直した、
「えっ、天地は父母祖先の根本なり・・・・、これが何か」、
「わしは今、両親の顔を思い浮かべてしまっていた、この天地が無かったら両親も祖先も無い、わしは今、この一句の意味が解ってきた、見ろ、金子君、東の空を、だんだんと赤くなって来ているぞ」、
それを聞いて、金子重之助は思っている、
『それは、朝だから、日が昇って明るくなって来るでしょう』と、
吉田松陰は、金子重之助に無駄に死ぬべきではないということを、咄嗟に、玉田永教や両親の名前を出し、どんな風に言おうか?考えながら話し出した。
「金子君、一首できたぞ、【世の人はよしあしことも言わば言え賤が誠は神ぞ知るらん】」、
金子重之助は、息をのんで聞いている、
「金子君、まだ切腹して死んではいかんぞ、玉田先生の言葉に、人は、天地の心にそむかざれば栄うべしとある、今、切腹して死んでは、父にすまないし母にすまない、僕達の仕事は、これからだぞ、解ってくれるな」、
金子重之助を説得させるための、吉田松陰の必死の言葉に金子は、
「はい、切腹することは、もう考えません」、
「うん、解ってくれたな、では、自首しに行こう、そして死罪を告げられたら、それが僕達の死ぬ時だ」、
そのあとも、吉田松陰は歩きながら自分の信念を金子重之助に語っていた。
「至誠は必ず神に通じる、金子君、この天地を造ったのは神だと思う、神から天地、天地から祖先、祖先から両親、両親から我が身へと、神の霊気、天地の霊気が、我が身へ宿って生まれてきていると僕は思う、だから、我が身を神の分身、神の末裔と思い、至誠の限りを尽くしていけば、必ず神も感応してくれると思う」、
金子重之助は、何も言えず、歩きながら聞いている。
「金子君、至誠を貫くことは、良心にみじんも叛くまいとする生き方だと思う」。
吉田松陰は、こう言ったあと、本居宣長の言葉を思い出し呟いた。
【敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花】

つづく。