3隻の舟は連携が良く、源兵衛と西郷隆盛の舟が進もうとすると、1艘の舟が前に出て、残る2艘が左右に付くという感じで、
船頭が宗匠頭巾(そうしょうずきん)の男に聞いた、
「ご隠居、この野郎ら、どうしましょう?」、
西郷隆盛は、3隻の舟に乗っている人数を数えると船頭を入れて、13人で、
そして源兵衛と西郷隆盛の舟を3隻で囲むと、一橋慶喜の舟は、芝浜に向かって漕ぎ出した。
西郷隆盛は慌てて、
「おいどん達は、怪しい者では、ありもはん、あの舟に乗っている、お方に用があるでごわす」、
宗匠頭巾の男は、
「あの舟と私達は、何の関係も無い」と、答えた。
「そんな事は無いでごわしょう、あの、お方を護衛している人達でごわしょう?」、
すると、右側の舟の船頭が、「まだ、ぐだぐだぬかすか」と、叫んで、棹(さお)で源兵衛の舟を叩いた、激しい1撃で、バシーンという音が響いた。
それを見て西郷隆盛は、この船頭は、槍の心得のある侍だと思い、おそらく他の舟の船頭も、ただの雇われた船頭では無く、侍で護衛の者だろうと思った。
西郷隆盛は、心の中で、『13人、全員、護衛の者でごわすな』と思いながら、
「お~い、平岡どの」と呼んだけど、一橋慶喜の乗った舟は、もう声の届かないところまで進んでいて、西郷隆盛が、その舟の後ろを見つめていると、船頭の1人が、源兵衛に向かって、
「やい、おめえ、品川の源兵衛とか何とか啖呵(たんか)を切りやがって、こちとら浅草川から雇われて来てるんだ、客の釣り遊びを無茶苦茶にしやがって、ただで済むと思うなよ」、
それを聞いて、西郷隆盛は、
『もう、この船頭どんらは、護衛の侍が船頭に変装していること、おいどんは解っているのに、まだ船頭の芝居をしてるでごわすよ』と、思っていると源兵衛が、
「上等だ浅草の、相手が何人でも、この喧嘩、買ってやるぜ」と、買い言葉を発したので、
西郷隆盛は、「まて源兵衛どん、相手は皆、あのお方の護衛の者でごわす」と言うと、
宗匠頭巾の男が西郷隆盛に、「すると、あんさんは、あの舟の方の、お知り合いで、わしらが、あの舟の護衛をしていると、仰るんですかね?」、
「そうでごわしょう、護衛しか考えんでごわす、あの中の1人は、平岡どんいいもして、知っているでごわすよ、そして、投網をしておられるのが、あの、お方でごわしょうが」、
「ほう、あの、お方とは、一体誰の事でございましょうかね」、
西郷隆盛は、焦れったい気持ちになって、「それは、一橋家の」と言った瞬間、
宗匠頭巾の男は、人差し指を唇にあて、「し~、名前を言っては駄目ですよ、あの、お方の命を狙っている者は沢山います、あんさん、周りを見なされ」と、言われて、
西郷隆盛が周りを見ると、いつの間にか、護衛舟らしき数隻の舟に後ろを固められている、
西郷隆盛は、「あっ、いつの間に」と驚いていると、
宗匠頭巾の男は笑いながら、「ハッハッハッ、あんさん、西郷さん、だろ」、
「えっ、どうして、おいどんの名前を知っているでごわすか?」、
「それはのう、藤田東湖先生から偉丈夫だと言って、西郷さんの名前を良く聞かされてましてな、大きな体で薩摩言葉、西郷さんしか考えられませんでな」、
「そうでごわしたか、その通りでごわす、おいは薩摩の西郷吉之助でごわす」。

つづく。