浜辺に、呆然と座り込んでいる、吉田松陰と金子重之助、自分達の目的が崩れてしまった今、2人は、ただ、何も言う気力も無く、座り込んで海を見ているしかなかった。
吉田松陰は、失敗してしまったこともそうだが、流されて行った小舟のことも気になって、
『あの舟には、この計画のことを、佐久間先生や他の友人達も、この事を知っていることが書いた日記が置いてある、これがもし、何処かの浜辺に流れ着いて、奉行所にでも届けられたら、皆んなにも捜査の目がつけられてしまう、困ったな』と考えている。

【この小舟は、この近くの戸々折という浜辺に漂着して、下田奉行所に届けられたみたいです】

日の出の時間は近づいている、だけど周りは暗く、隣に座っている金子重之助の姿は、よく見えない、金子重之助からも吉田松陰の姿は、よく見えない、
小舟に櫓杭が無かったのが失敗の原因だったと吉田松陰は考えていた。
『あの舟に、櫓杭がついていれば、上手く黒船に近づかせ結んで流されて行かないようにできたかも知れんかったのに、あせって準備もせぬまま進めてしまったからだ』と、涙が出て、泣いてしまっている、その泣き声に、金子重之助も泣きだした。
この時の様子を、【奇を好み、術なし、故にここにいたる】と吉田松陰は書き残しているみたいです。
しばらく泣いた後、まだ3月なので寒い、吉田松陰は金子重之助に、
「金子君、このままここに座っていても仕方ない、まだ寒いし、何処か寝る所を探そう」、
2人は、しばらく歩いて探すと、古く使われて無さそうな海小屋を見つけ、
「あの海小屋、使われていないみたいだから、あそこで明るくなるまで寝よう、金子君」、
「はい、では、行って見て来ます」、
そう言って、金子重之助は、急いで歩き海小屋の中を見に行き、中へ入り、外へ出ると、
「先生、大丈夫です、誰もいません」、
2人は、海小屋に入り、散らかっている物を隅へ押し寄せ、寝転んだ、2人は、ウトウトしたり、スッキリ眠れないまま時間は、1時間、2時間と徐々に過ぎていき、やがて、隙間から日の明かりが差し込んでくるようになった、夜明けが来た。
吉田松陰は、海小屋の外へ出て、太陽に向かい、手を合わせ、頭を下げて、何か拝んでいるような姿になっている、
吉田松陰は、朝になると、東の空に向かい、手を合わせたり、頭を下げるのが習慣になっていたみたいです。
やがて、金子重之助も起きて外に出てきて、吉田松陰の拝んでいるような感じの姿を見ていた。
その姿は、一緒に今回の旅を始めてから毎朝のように、見ていたので、何も言わず黙って後ろから見ていて、その行為が終わると、金子重之助は後ろから声をかけた。
「先生、僕は切腹しようと思います」、
それを聞いた、吉田松陰は、
「そうか、それで君は、刀を2本、天から取り上げられたんだ、刀2本、舟の中へ忘れただろ、刀を持っていたら、君は切腹するだろうと、天は思い、取り上げたんだ、きっと」、
「えっ、僕は、こうなってしまった以上、切腹するしかないと思い・・・・」、
「金子君、無駄に死んだら駄目だ」、
「えっ、僕は、てっきり先生も切腹するつもりでいると思ってました」、
「今は、まだ、死ぬ時ではない、これからが大変だぞ金子君、自首しよう」、
「えっ、自首するのですか」、
「そうだ自首して、役人達に、僕達がしようとした事、僕達がしようとした事の重要性を話さないといけない、日本が国難にあい危機になっていることを、その時に、死罪を告げられたら、潔ぎよく死ねばいい、僕達の名前は、こっちで残るかも知れんぞ」、
この時、吉田松陰は、一首作り、朝日に向かい唄った。
【世の人は良し悪しことも言わば言え、賤が誠も神ぞ知るらん】

つづく。