蛇腹の道を抜けて、金剛峰寺主殿へと向かいます。
境内の他の場所でも、カエデがだいぶ色づいてきています。さすがに平地と比べて、幾分涼しいだけあります。
左奥手に見える鐘楼は、六時の鐘と名付けられています。あさ6時以降2時間ごとに鐘を鳴らしているらしいです。なんでも、槍の名手福島正則が建立に関わったとか。
金剛峰寺主殿へ向かう参道です。山門の向こうに主殿の建物がちらっと見えています。
こちらがその主殿です。拝観料を支払って中に入ることが出来るのですが、中は畳敷きの書院のような造りで、まるで立派な武家屋敷のようです。
鐘楼も心無しか、お寺にしては勇ましく、まさに武家の町にある鐘楼みたいな感じがします。
建物の内部は、ふすま絵などが撮影禁止になっていましたので、日本一の大きさといわれる石庭蟠龍庭を撮ってきました。
主殿の内部では、高野山開創にまつわる絵物語がありました。白と黒の犬をつれた狩人(狩場明神という神様)にいわれるまま、二匹の犬の後を追った先にいた丹生明神と、高野山開山に関わる契りを交わしたという物語。
産土神に許しを得たことで、空海の丹生明神を初めとした神々への尊崇は、高野山に受け継がれているそうです。
かなり時間を食ってしまいました。奥の宮への参拝は最初からあきらめておりましたが、この先にある金剛三味院にだけはよりたいと思い、町を進んで行きます。
それにしても立派な通り。お店もたくさんあって、とっても賑やかです。ふと標高900m近くの山間の町ということを忘れてしまいます。
金剛三味院は思ったより近くにありました。
この金剛三味院は、北条政子が頼朝と実朝の菩提を祭るために作ったといわれています。拝観料などは必要なく入場できますが、国宝の多宝塔では保存のための寄付を募っていました。もし余裕があれば協力してみてはいかがでしょうか。
当時は何やら本堂の修理を行っていました。
こちらが国宝の多宝塔です。なんと日本で二番目に古い多宝塔で、およそ800年前だそうです。鎌倉時代に創建された当時からあった物みたいです。
逆光だったので、少し高い場所から多宝塔を見てみました。境内はこじんまりとしていて、全体を大きく見渡すような造りにはなっていませんでした。そういう雰囲気もまたいいところですが。
経蔵は校倉造りです。結構奈良には、正倉院以外の校倉造りの建物が残っていましたが、高野山でも見ることが出来るとは。
古い寺院では、何かしら修理をしている場面を見ることが多いです。こうして手をかけて大切にすることで、数百年から千年以上も、古い伝統を伝えることが出来るんですね。
この後あまり遅くなれない理由がありましたので、ばたばたと元の場所へと戻ります。壇上伽藍の根本大塔まで戻って来たところです。
このあと、通りのお土産屋さんで焼き栗を買いました。ちょっとお腹がすいたので歩きながらつまんでいたら、家路へと向かう地元の小学生から「あ焼き栗だ。いいな、食べたいな」と言いながら走っていきました。思わず笑ってしまいました。ちょっとはしたなかったかな。
大門まで大急ぎで戻ってきましたよ。
来た道をそのまま戻って行きます。こうして山並みを見ていると、緑が多いですね。和歌山は本州の最南端県ですものね。
奥の山並みの、うねうねとしている形が、ちょっと面白いなと思いました。
高野山の西側には、大阪側の山が見えています。和泉山脈系の山だとおもいますが、方向音痴なのでちょっとわかりませんでした。高い位置には雲が見えています。
奥の山肌を撮ってみると、やはり杉林の間から広葉樹らしき樹木がちらちらと見えています。ちょうど半分ずつというかんじですか?
なんとか予定の時間のケーブルカーに乗ることが出来ました。これで高野山は終わりです。
うん、今度はゆっくり散策できるよう、車で来ようかな。