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東大寺には大仏殿や南大門以外にも、著名な堂などがたくさんあります。
広大な敷地のあちらこちらにあるので、限られた参拝時間ではすべてを回るのが難しいのですが、機会があれば見て回る価値があるものばかりです。


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大仏殿を回りこんで北側に向かっていくと、広い芝生の中に礎石が残っている場所が見つかります。ここは旧講堂があった跡地で、1508年に戦火で焼失して以降再建されず、現在のような姿になっています。
南大門から中門・大仏殿・講堂と、ほぼ南北に一直線に並ぶ配置だったそうです。
この講堂は大仏殿と匹敵するほどの大きな建築物だったそうで、礎石の場所もとても広く大きな建物であったことが忍ばれます。
賑やかな東大寺とは打って変わって、ほとんど人が訪れることのないひっそりとした場所です。鹿はたくさんいますが。


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(こちらは今年の2月に撮影した写真で、今は一般公開されていません)
そこから更に北へ進み、少し離れた場所にかの有名な正倉院があります。東大寺の倉庫であった正倉院は、中心の伽藍から少し離れていたことが幸いし、数々の戦火を逃れて作られた当時の姿を残しています。
この正倉院を東大寺の建築物に含めるならば、東大寺法華堂(三月堂)の次に古い建物で、奈良時代の校倉造りという非常に貴重な文化財です。にもかかわらず、宮内庁の管理下であったことにより、つい最近まで国宝の指定を受けていませんでした。
奈良の文化財として世界遺産の指定を受ける前に、世界遺産の条件を満たす目的で、14年ほど前にようやく国宝の指定を受けています。

正倉院は写真の通り、建物の手前に柵があり、それ以上近くで見ることができません。また現在屋根の葺き替え工事により、一般公開されておりません。来年の3月に、事前申込みによる公開を予定しているそうですので、詳しくは宮内庁のHPを参照してください。
ということで、この日は残念ながら参拝することができませんでした。



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大仏殿の回廊をぐるりと東側に通りぬけると、手向山神社へ向かう参道が見えてきます。
この参道の先には、その手向山神社と二月堂や三月堂(法華堂)などがあります。東大寺の大仏殿を見下ろす、とても見晴らしの素晴らしい場所です。



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約10分ほどで、二月堂と三月堂が並ぶ場所へとやって来ました。ここも東大寺のお祭りお水取りの時には、とてもたくさんの参拝客でごった返す場所です。


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その二月堂と三月堂の真向かいに立つのが、四月堂(三味堂)です。中には千手観音像を安置します。写真では新しそうに見えますが、鎌倉時代の建物だそうです。
ちなみに1月堂と五月堂はないみたいですね、、、。



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さて、こちらが東大寺で最も古い建物と言われる、三月堂(法華堂)です。
もともとは東大寺が出来る前からあった、金鐘寺のお堂だったそうで、本尊の不空羂索観音立像という超有名な仏像が安置されていますが、現在は修繕で中に入ることができないため、東大寺ミュージアムに移されています。
もちろん見てきました。見る人見る人、みんな像の前で大きなため息をついていました。



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そこから更に階段で上がったところに、お水取り(修二会)で有名な二月堂が立っています。
二月堂の舞台から見る、奈良市内の景色はとてもすばらしいです。




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東大寺の諸堂が立ち並ぶ先に、大きな屋根の大仏殿がちらりとチラリズム。
その向こうには奈良盆地が広がっています。ちょっと天気がいまいちでしょうか。



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二月堂は江戸時代まで創建当時の建物が残っていましたが、修二会の松明による失火によって焼失(ありゃりゃ)して、その後再建されたそうです。たしかに修二会の様子をみていると、よく火事にならないなと思ってしまいますが、実際にそれが原因で焼失していたとは、びっくりです。



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さて、こちらが手向山神社(八幡宮)です。法華堂から少し歩いたところにあるこの神社は、良弁僧正が東大寺創建にあたって、宇佐神宮から勧請した八幡神を祀る神社だそうです。東大寺の鎮守社として、この地に祀られているみたいですね。
良弁僧正についてはいろいろと勉強中なのですが、そこで宇佐神宮のことがいろいろと出てくるんですよね。どういう関わりなのかとても気になります。


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手向山神社の参道を下りながら左手を見ると、そこには四角く盛り上がった場所があります。ここは東大寺七重塔のうちの東塔があった場所らしいのですが、礎石などは失われたらしく、いまは土盛りだけが当時の面影を残しています。


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ちったばかりの銀杏の落葉が、なんだか儚く美しい情景を映し出していました。七重塔は本当に短命だったらしいのですが、再建計画では東塔の発掘が最初に予定されているらしいです。はたしてどうなることか、注目していきたいと思います。

すっかり長くなりましたが、これで東大寺は終わりです。かなりじっくり見て回ったのですが、通常非公開の堂などがこれ以外にもたくさんあるので、特別公開の際にはまた参拝したいと思います。
2月の修二会や1月の若草山の山焼きなど、東大寺周辺は冬にも大きなイベントがたくさんあるので、ぜひ機会を見てまた東大寺のことについて書いてみたいと思います。では。
大仏殿の中に入りました。大仏以外にも興味深いものがたくさんあり、一つ一つじっくり見ていくと、どんどん時間がなくなってきます。


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堂内にはたくさんの支柱がありました。五重塔などのように大きな一本の心柱があるわけではなく、多数の柱によって建物を支えています。中央に大仏がありますから、当然心柱は設置できませんね。
これらの柱は、ケヤキを中心に回りをヒノキ材で囲った、所謂寄木構造で作られています。大きなヒノキ材が確保出来なかった苦肉の策と言われていますが、ただ紅梁と言われる建物で一番重要な部分だけは、無垢材である必要があって、なおかつ長さ23m以上直径1m以上のアカマツの大木が2本どうしても必要だったそうです。



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紅梁は屋根の部分を横に支える柱だそうですが、どの部分かはわかりませんでした。おそらく見えない箇所なんでしょう。

江戸前期の大仏殿再建が始まっても、どうしてもアカマツの大木が見つからなかったのですが、ある時日向の白鳥神社境内で、該当するアカマツの大木が2本見つかりました。
切り出しから東大寺までの運搬に、延にして十万人の人工と四千頭の牛を使って運びだしたそうです。

大仏殿が戦国時代に失われて以降、100年以上大仏は風雨に晒され無残な状態になっていたとされていますから、大仏殿の再興にかける情熱と人々の思いが込められているんですね。貴重な大木であった白鳥神社のアカマツだったわけですから、なんとしても無事に届けなければならないという思いだったと感じました。


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ボケてしまい恥ずかしいので、小さめに載せますが、大仏の左側に鎮座する虚空蔵菩薩坐像です。大仏と比べると小さく見えますが、これだけでも十分巨大です。東大寺はすべてが大きいですね。


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そのさらに奥には、天井に向かって長く急な階段があります。天井付近のメンテナンス用ですか。階段と言うかはしごですね。


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先ほどの階段の写真に映っていましたが、四天王のうちの一人広目天です。立像としても相当大きいですが、この中にいるとさほど大きく感じません。


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大仏殿の真裏には、東大寺創建当時の伽藍を復元した模型が展示されています。かなり精巧な作りなので最近のジオラマなのかとおもいきや、大正時代に制作されたものだそうです。
写真では見づらいかもしれませんが、中央の大仏殿と左右の七重塔は、個別に回廊が作られているという、なんとも贅沢な伽藍になっています。


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先ほどの記事で紹介した相輪は、この七重塔を復元した大阪万博のパビリオンのものでしたが、万博の写真などを見ると良いデザインとは思えませんでした。この復元模型を見ると、そう悪くは感じません。
じっと見ていても決定的な違いが見当たらなかったので、万博公園のジオラマ模型を貼ってみます。



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ああ、ボケていました。ただ、とてもダサいことは伝わるのかなと思います。
万博当時の写真などを見ると、あまりいい出来とは思えませんでした。

どうやら昨年くらいに、東大寺東塔の再建計画があるらしいです。実際どのようになるのかはわかりませんが、推定100mの高さの七重塔を再建となると、奈良でも賛否両論あるようです。やはり現在の様子からすると、大きく景観が変わってしまうことが危惧する人が多いように感じました。
七重塔のデザインや、推定の高さなど、何を根拠に復元するのか、これはなかなか難しい問題のように感じますが、みなさんどう思われますか。



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その模型の右側には、鎌倉時代に再建された大仏殿の模型があります。現在の大仏殿と比べて、高さと奥行きはほぼ同じですが、幅は創建当時と同じ86mあり、現在のものよりも大きな建物だったようです。
注意書きによりますと、この模型は奈良少年刑務所で作られたものだそうです。かなり良くできていますね。


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中を覗き込むと、ちゃんと大仏の姿も見えています。




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大仏殿の右奥には、四天王の一人多聞天の姿が見えます。四天王らしい力強さが感じられる像です。



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大仏殿をぐるりと回り込んで、正面に戻って来ました。大仏の右脇にあるのが、如意輪観音坐像です。拝観ルートで一番最後に拝む像ということになるのでしょうか。大仏の左脇に鎮座した虚空蔵菩薩坐像とほぼ同じ大きさです。



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ようやく一周戻って来ました。どうやらこのアングルのほうが、大仏の写りはいいような気がします。

東大寺大仏殿までようやく終わりました。
このあとは、東大寺の諸堂めぐりにと参りたいと思います。
ではまた。
奈良に転勤して東大寺には数回来ていますが、大仏殿に入るのは二回目です。いろいろと確認してみたい箇所がありましたので、そのへんは確実に押さえながら見てきました。


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中門を左に向いた先に回廊の入り口があり、大仏殿への参拝はそちらから入場します。中門からみているので、回廊の半分の距離ですが、それでも相当長いですね。


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入場券を渡す改札の手前から、大仏殿を撮りました。やはりでかいです。ちょっとした山くらい有りそうな感じがします。幅57.5m、奥行き50.5m、高さ49.1mと、50mの立方体のような形です。初代の奈良時代、二代目の平安末期を経て、この大仏殿は江戸前期に建てられた三代目ということになります。



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東大寺は大仏殿に限って、寺宝の撮影が許可されています。写真にある注意書きの通り、三脚などは使用しないことが条件となっています。
大仏殿以外の寺宝(主に仏像などの彫刻や絵画など)は、写真の撮影やスケッチなどは禁止されていますのでご注意を。
このように仏像などの写真撮影ができる寺院は、この東大寺と飛鳥寺が有名ですね。




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回廊の右側に目を移しますと、金色に輝く相輪が目に入ります。これは大阪万博のパビリオンの一つ「古河館:東大寺七重塔」で使用されていた相輪が、ここ東大寺に寄進されたものです。これは後で触れたいと思います。


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大仏殿の前には、たいへん大きな燈籠が見えてきます。こちらも奈良時代の国宝で金銅八角燈籠といいます。
昨年の秋東京国立博物館で開催されていた東大寺展において、この巨大な燈籠が博物館内に鎮座していたのを偶然見ました。あれれれーと大変驚きましたが、なんでもその時初めて奈良から外へ出たらしいのです。まさか東京で会うとは思っても見ませんでした。


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燈籠の表面には、このような細かな装飾が施されています。ちなみにこちらは音声菩薩と言われていて、八面のうち四面がこの音声菩薩です。写真では横笛を吹いていますが、それ以外はシンバル・縦笛・竽(う)(笙に似た笛)など持っている楽器が違います。


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いよいよ大仏さまとご対面です。写真とってみてわかったのですが、大仏さまを撮るのはとても難しいですね。大きいのにとても近く、しかも周りにはたくさんの支柱があるので、このようなアングルになってしまいました。
二度の焼失にあっているので、創建当初からの修理がほとんどだそうです。顔は江戸時代・胴体のほとんどは鎌倉時代の修繕で、奈良時代から残っているのは、右の脇腹と両腕からさがっている衣などだそうです。うーむ映っていないかも。


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ボケておりますが、大仏の後背です。こちらも当然ですが巨大です。
書き忘れてましたが、大仏の高さは14.7mと、だいたい四階建てのビルくらいの高さがありそうです。


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大仏の横には、花瓶に活けられた蓮の花の彫刻があります。何時の時代のものかわからなかったのですが、この彫刻にはわりと有名な謎(?)の虫が付いています。


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これがそうなのですが、蝶もしくは蛾と思われる虫なのですが、足が八本あり、頭部が奇妙な造形をしています。はたして何かの暗示なのか、仏教的な意味があるのかちょっとわかりませんでした。
ご存知な方って居らっしゃるんでしょうか。

はあ疲れた。ちょっと一旦区切ります。