斑鳩町:法隆寺地域の仏教建造物 東院伽藍:夢殿 | ビービービーのブログ

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中宮寺を出た頃には、東院伽藍にも人影が少なくなっていましたので、すんなりと回廊内に入ることが出来ました。


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東院伽藍の回廊です。なんだか静かですね。柱の根元には、礎石が見えていますが、一つ一つが自然な形で最低限の加工しかしていない感じです。なので、それぞれ形が大きく異なっています。



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東院伽藍の中心は、この八角円堂の夢殿です。
東院伽藍にはもともと斑鳩宮があって、聖徳太子の住居兼政務所として機能していたと言われています。
その後、聖徳太子の子である山背大兄皇子が住んでいましたが、斑鳩宮は蘇我入鹿(斑鳩と入鹿は音が似ていますね。山背大兄皇子と蘇我入鹿が同一人物説というのも聞いたことがあるのですが)によって焼き払われてしまい、その跡地に東院伽藍が建てられたということです。

子供の頃、姉の影響で読んでいた山岸凉子さんの「日出処の天子」では、斑鳩宮にあった八角円堂に厩戸皇子がこもるシーンがあります。なので、僕は夢殿が7世紀前半から今まで残っていたのかとばかり思っていました。
完全に漫画の影響ですね。

ということで、現在残っている夢殿は、奈良時代の建築ということです。それでも1200年以上前の物なんですね。



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以前の写真ですが、夢殿の屋根の上にある飾り、五重塔でいえば相輪に当たる部分です。
銅のような緑色がかった金属で、細い金属棒のようなものが扇型に刺さっています。
西円堂などには見られない飾りだったので、とても不思議に感じました。これに名前があるのかどうかすら、わかりませんでした。



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東院伽藍内にある、左が絵殿で右が舎利殿です。
絵殿はエデンと読むんでしょうか?エデンってまるで旧約聖書みたい。

あ、聖徳太子は実は秦河勝から景教(中国に伝わったネストリウス派のキリスト教)を教わっていたという伝説もあるので、なにかその関連があるのかも。

すいません、調子に乗りすぎました。

激しく妄想を掻き立てられながら、東院伽藍を後にしました。


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実はこのタイミングで、西円堂に登りました。遠くに五重塔と金堂が見えていますね。ここで鐘の音が聞こえてくると最高なんだけどなあ。


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ただ、西円堂のすぐ隣りにある鐘楼には、誰もいませんでした。偶数の時間ごとに鐘がなるらしいので、そのタイミングでここに来ればよかったのかもしれません。

あるいは近すぎて、風流さにかける可能性もありますが。



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帰り道、中門方面に振り返って見ました。とてもいい天気でしたね。夕方近くまでいましたので、参拝客の殆どが帰ってしまった後でした。


ああ、法隆寺終わってしまった。また来ればいいか。と思いつつ斑鳩の町を後にしました。