それと同時に、一日で最もたくさんの場所を訪れた一日になったかもしれません。
ちょっと甘く見てました。思いのほか疲れましたし、時間もかかってしまいました。
ということで、ちょっと長いレポートになるかもしれませんが、なるべく早めに記事を完了させたいと思います。
山の辺の道を歩いている人は、思ったよりも多かったです。みんながみんな、桜井から天理までをすべて歩ききっているかどうかはわかりませんが、少なくとも僕よりも年配の人がほとんどでした。みなさんすごい体力ですね。
なぜ、これほどまでたくさんの人が歩いているのか、ちょっとでも理解してもらえるような記事にできればなと思っています。
出発地は桜井駅から。反対側の天理駅でもOKです。直線距離では12km程度の路程ですが、山の辺の道をたどれば16kmほど。この時点で朝9時40分。
16kmの道中、65mほどの高低差はありますが、ほぼ平坦な道のりです。時速5kmで歩いて約3時間ちょっと。
途中の立寄時間を考慮すれば、午後3時くらいには天理駅に着くはずと思っていましたが、甘い計算でした。
桜井市は人口6万人。大阪への通勤圏でもあるため、立派な市街地があり、この辺りは古道らしからぬ風景が続いています。すぐに古道らしい道に変わりますが。
桜井市の歩道にあった、山の辺の道の目印です。ただし、一部の市街地にしか表示されていません。
製材所。
桜井市の主要産業は、製材業と手延べそうめん。木材に関しては、奈良県内各地の木材の集散拠点になっており、市内には製材所がたくさんあります。今日も木材を切り出す香ばしいにおいがしていました。
また、手延べそうめんに関しては、桜井市の三輪地方が名産品「三輪そうめん」の産地です。三輪地方はそうめん発祥の地としても有名です。
製粉所は、手延べそうめんの粉を作っている工場のようです。
市街地を抜けると、桜井市を流れる川「大和川」につきました。非常に流れの緩やかな川で、静かなせせらぎが聞こえてきます。
この流れは、大阪湾から海に注いでいます。そのため古代この川は交通の要所として、都のある飛鳥にさまざまな人や物を運ぶ重要な役目を果たしています。
川の向こうには三輪山が見えています。日本最古の神社とも言われる大神神社(おおみわじんじゃ)は、この三輪山をご神体としています。自然崇拝を基本とした、日本の根源的な信仰を示す山体信仰の山として、神秘的な伝説が多数ある山でもあります。
大和川の川縁を歩いて行きます。この部分もどうやら山の辺の道のようです。
川沿いの道を歩いて行くと、仏教伝来の地との大きな石碑が立っていました。
6世紀中頃、百済から飛鳥へと伝わった仏教の経典と仏像は、北部九州から瀬戸内海を通り、大阪湾から大和川を上りこの地から上陸したと言われ、そのためこの地を仏教伝来の地としているようです。
さきほどの石碑から少し戻り、細いアスファルトの道路を抜けて行きます。この部分も山の辺の道の一部ですね。
古くて立派な家々が立ち並ぶ路地を、ゆっくり確認しながら歩きます。
比較的細かく、古道の標識が立っているため、あまり間違うこと無く進めることが出来ました。
先ほどの集落から中に入ったあたりが、古代の市場跡「海柘榴市(つばいち)」という場所です。
説明は書いてありますので省きますね。
石仏は2体あり、それぞれ釈迦如来と弥勒菩薩を表しているそうです。貞観時代(平安時代初期860年頃)から鎌倉時代の間に作られたと書いてますが、もう少し絞り込んでも良いような気がしますが。
うっすらと石仏の姿が見えるでしょうか。
ということで、長くなりましたがまだかなり最初のほうです。
後半は飛ばして行きますが、ちょっと長くなりそうな感じです。
なお、明日は来客がありますので、更新はお休みします。それでは。




