ご存知の方も多いと思いますが

Maurice Ravelの作曲した曲に

Boleroという曲があります。

 

 

あまり専門的な事を私は知らないのですが

解決することなく永遠に続く円環構造になっているかの様ですね。

 

パッフェルベルのカノンもそうですが。

ミニマルミュージックというジャンルがありますが

(ゲーム音楽の大半がそうでしょうけれど)

 

曲の終わりがくると曲の冒頭に戻る

永遠にリピートし続けるのですが

無理な接続感を感じさせる事なく

曲の終わりが冒頭の導入部として機能している訳です。

 

世界の変化のルールも

本当は終わりが冒頭につながっているのかもしれませんが

実体験としてその変化を見届けるには

人間の一生は短すぎますよね。

 

ウソ偽りなく歴史を記録して後世の人間に残す作業は尊い事です。

今でこそ文字を読み書きできる人間はかなりいます

(それも、国家政策ではあります)が

読み書きできる人間がそれ程多くなかった時代

例えば

古代エジプトでは

庶出の人間が出世する手段が

書記になる事であったそうです。

(ソ連時代のロシアの最高権力者を書記長と言っていたのには、

この辺りに理由があるのでしょうか?)。

軍人として出世する道もあったでしょうが

命がけですからね。

 

 

さてMaurice RavelのBoleroですが

私は元々オーケストラで演奏される曲として

作曲されたのかと思っていたのですが

どうもバレエの練習をするためのピアノで演奏される曲として

作曲されたそうですね!

 

私がBoleroをピアノの独奏曲として聴いたのは

「愛と哀しみのボレロ」という映画の劇中でした。

その映画の中では

男性のバレエダンサーがピアノのBoleroの独奏に合わせて

踊っていました。

 

Maurice Ravel自身もかなり気に入っている曲だったそうです。

 

 

Boleroの無理やり終わらせます感のある終わり方は

人間のこの世での一生も

そうやって終わるのかもしれないってことを考えさせられます。

 

或は

 

フェードアウトする様に終わるのが

人間の一生なんですかね?

 

私はどちらなのだろうかとふと思ってしまいますね・・・。

 

今夜はバリタイでエンドレスで!