日本無価値ばなし

テーマ:

むかーち、むかち、そのむかち

 


むかしは無可視なのか?無貸しなのか?

 

そのむかしは、昔は無可視だったからといって

昔の事を考えること自体が無価値だった訳ではないでしょう。

 

 

記録しておく技術がなければ

記憶はあったとしても、それは極めて個別的なものであり

普遍性をもたせることが難しかったとはいえ・・・。

 

記録は残らないが記憶に残る男といえば

長嶋茂雄ですよね!

 

 

釈迦が語ったこと、ソクラテスが語ったこと、孔子が語ったことは

口伝を記した書として残っていて

気軽に読むことはできます。

書物が気軽に入手できない時代には

知識そのものが価値あるものだったはずです。

差別化された知識が今よりも多かったと

今日では誰にでも判る様になりました。

それでも、価値のある差別化された知識は

独占もしくは寡占状態なのは否めないでしょう。

 

インターネットで多くの事を知ることができますが

それは公開された情報(=知識)ですよね。

ウォーレン・バフェット氏は

差別化された情報(=知識)こそが価値があると言っていますね。

新聞やテレビのニュースで流れている情報(=知識)というものは

誰かが教えてくれるというのです。

 

現在の国際スパイの仕事は何なのか知りませんが

かつての国際スパイ達の仕事は

対象国の新聞記事を本国に報告することだったそうです。

 

新聞社や出版社が整備された時点と

政治が世俗主義になった時点は

まったく無関係ではないでしょう?

 

 

 

 

水は飲めるが燃えはしない、石油は燃えるが飲めはしない。

物にはそれぞれの価値がある。逆にそれ以上の期待はしてはいけない。

という諺を持つサウジアラビアの人達は

「湯水のごとくお金を使うと」いう言葉をどう思うのでしょうか?

 

物の「価値」は希少性によって決まる気がします。

水の価値は日本とサウジアラビアでは異なるはずです。

「湯水のごとくお金を使う」の意味は

日本とサウジアラビアでは逆になってしまいますね。

 

フリートレード(自由貿易)は希少性を利用した商売ですね。

フェアトレードは消費地の価値に基づいて生産者にも

対価を払うのが建前ですね。

 

フェアトレードもインターネットの産物ですよね。

生産者が自分達の作っている物の価値を知ることができるように

なったからなのですから。

 

 

日本の価値を決めるのは国民達なのか?

それとも諸外国の人達なのか?

 

お互い様ではありますがね。

 

 

今夜はバリタイで

昔話をしてみて下さい!!

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