コロナは567かもしれません。

567で思い浮かぶのは、

お釈迦様が入滅後56億7千万年後に

この世に出現するとされる弥勒。

今は菩薩として修行中で

この世に出現する時には如来になっているそうです。

弥勒(ミロク)は666とも読めますね。

 

 

 

 

 

私はコロナが567(五六七)なら、568(五六八)は「いろは」では

ないかと思ってしまいました。

 

が、いろは歌の「いろは」を五六八と読む発想は

昔からあるみたいです。

ですから、五六八を屋号に使っている店もあります。

 

色は匂へど(いろはにほへと)

散りぬるを(ちりぬるを)

我が世誰そ(わかよたれそ)

常ならむ(つねならむ)

有為の奥山(うゐのおくやま)

今日越えて(けふこえて)

浅き夢見し(あさきゆめみし)

酔いもせず(ゑいもせす)

 

いろは歌の冒頭部分

「色は匂へど、散りぬるを」は

「いろはにほへと、ちりぬるを」

ですが、これを

「五六八に終へど、知りぬるを」

「いろはにおへど、しりぬるを」

と読み換えられませんか?

 

 

『(五六七の一つ後の)五六八に終わったけれど、

知ることができたのは』

 

と読んだ時に

いろは歌全体の意味はどうなるのでしょうか?

 

五六八に終へど(いろはにおへと)

知りぬるを(しりぬるを)

我が世誰そ(わがよたれそ)

常ならむ(つねならむ)

有為の奥山(うゐのおくやま)

今日越えて(けふこえて)

浅き夢見し(あさきゆめみし)

酔いもせず(ゑいもせす)

 

 

無常感を歌っている意味では

普通の読み方とそれ程異なりませんが

仮に「いろは」を五六八と読むと設定されていたとすると

いろは歌を歌っている主体が

五六七・五六八に関わっている人物であると判りますかね?

 

56億7千万年と例えられる長い期間の後に

この世に出現した弥勒が歌っていると、とれなくないですか?

 

私は、いろは歌の作者のギャグだと思うんですけどね(笑)

 

現代で例えるなら「聖☆おにいさん」みたいな感じなんじゃないかと

思ってしまいます(笑)

 

今夜はバリタイで浅き夢見し・・・・