日日是家紋 -28ページ目

豊かな感性が感じられる和の色名

私たち日本人は四季折々豊かで美しい自然に恵まれ、春には萌葱色、夏には木々の濃い緑、黄・茶・赤など色とりどりの落ち葉が舞う秋の色、さらに一見色がないように思える冬でさえ落ち葉の濃い茶色、しっかりと緑の葉を付けた木々や赤い木の実をつけた木、そして雪の白などがあります。
このような環境の中、日本人は自然の中に溢れる色彩を衣服に染めたり、陶磁器・家具、調度品に、さらには武具にまで取入れ色彩を楽しんできた。
色の名前をご紹介しながら色名の由来、日本の歴史や日本人の感性などを感じとってみたいと思います。

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5 万葉の時代から受け継がれた美しい色の名前

ツイポーート第一弾

BB3110BBBB3110BB: @Eiichi_Kimuraフォローありがとうございました♪神戸・元町で家紋グッズのサイトを運営しております。サイト・商品などにつきまして、ご意見・ご要望などご遠慮なくお願いします。http://bit.ly/d2igxI (by和市場)
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__Rom__Rom: RT @kohiniku: 舞妓さんのだらりの帯は5メートル以上もあり裾には住んでいる置屋さんの家紋が大きく入っています。
昔は12歳ぐらいの少女が舞妓をしていたためよく迷子になり、この家紋で住まいがわかったようで、その名残です。 #kyoto #maiko #sougofollow
minami_mxyminami_mxy: 真ん中政宗だよーー\(^Q^)/

見にくいけど…伊達家紋が貼ってあるのよ!

七夕まつり綺麗やったわーvv
http://photozou.jp/photo/show/516864/45121803
GOJI55625GOJI55625: RT @kohiniku: 舞妓さんのだらりの帯は5メートル以上もあり裾には住んでいる置屋さんの家紋が大きく入っています。
昔は12歳ぐらいの少女が舞妓をしていたためよく迷子になり、この家紋で住まいがわかったようで、その名残です。 #kyoto #maiko #sougofollow
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源氏物語(一帖「桐壺」第三・四段)

第一章 光る源氏前史の物語

 [第三段 若宮の御袴着(三歳)]
 この御子が三歳におなりの年に、御袴着の儀式を一宮がお召しになったのに劣らず、内蔵寮や納殿の御物をふんだんに使って、大変に盛大におさせあそばす。そのことにつけても、世人の非難ばかりが多かったが、この御子が成長なさって行かれるお顔だちやご性質が世間に類なく素晴らしいまでにお見えになるので、お憎みきれになれない。ものごとの情理がお分かりになる方は、「このような方もこの末世にお生まれになるものであったよ」と、驚きあきれる思いで目を見張っていらっしゃる。

 [第四段 母御息所の死去]
 その年の夏、御息所が、頼りない感じに落ち入って、退出しようとなさるのを、お暇を少しもお許しあそばさない。ここ数年来、いつもの病状になっていらっしゃるので、お見慣れになって、「このまましばらく様子を見よ」とばかり仰せられるているうちに、日々に重くおなりになって、わずか五、六日のうちにひどく衰弱したので、母君が涙ながらに奏上して、退出させ申し上げなさる。このような時にも、あってはならない失態を演じてはならないと配慮して、御子はお残し申して、人目につかないようにして退出なさる。
 決まりがあるので、お気持ちのままにお留めあそばすこともできず、お見送りさえままならない心もとなさを、言いようもなく無念におぼし召される。たいそう照り映えるように美しくかわいらしい人が、ひどく顔がやつれて、まことにしみじみと物思うことがありながらも、言葉には出して申し上げることもできずに、生き死にもわからないほどに息も絶えだえでいらっしゃるのを御覧になると、あとさきもお考えあそばされず、すべてのことを泣きながらお約束あそばされるが、お返事を申し上げることもおできになれず、まなざしなどもとてもだるそうで、常よりいっそう弱々しくて、意識もないような状態で臥せっていたので、どうしたらよいものかとお惑乱あそばされる。輦車の宣旨などを仰せ出されても、再びお入りあそばしては、どうしてもお許しあさばされることができない。
 「死出の旅路にも、後れたり先立ったりするまいと、お約束あそばしたものを。いくらそうだとしても、おいてけぼりにしては、行ききれまい」
 と仰せになるのを、女もたいそう悲しいと、お顔を拝し上げて、
 「人の命には限りがあるものと、今、別れ路に立ち、悲しい気持ちでいますが、
  わたしが行きたいと思う路は、生きている世界への路でございます。
 ほんとうにこのようにと存じておりましたならば」
 と、息も絶えだえに、申し上げたそうなことはありそうな様子であるが、たいそう苦しげに気力もなさそうなので、このままの状態で、最期となってしまうようなこともお見届けしたいと、お考えあそばされるが、「今日始める予定の祈祷などを、しかるべき僧たちの承っておりますのが、今宵から始めます」と言って、おせき立て申し上げるので、やむを得なくお思いあそばしながら退出させなさる。
 お胸がひしと塞がって、少しもうとうとなされず、夜を明かしかねあそばす。勅使が行き来する間もないうちに、しきりに気がかりなお気持ちをこの上なくお漏らしあそばしていらしたところ、「夜半少し過ぎたころに、お亡くなりになりました」と言って泣き騒ぐので、勅使もたいそうがっかりして帰参した。お耳にあそばす御心の転倒、どのような御分別をも失われて、引き籠もっておいであそばす。
 御子は、それでもとても御覧になっていたいが、このような折に宮中に伺候していらっしゃるのは、先例のないことなので、退出なさろうとする。何事があったのだろうかともお分かりにならず、お仕えする人々が泣き惑い、父主上もお涙が絶えずおこぼれあそばしているのを、変だなと拝し上げなさっているのを、普通の場合でさえ、このような別れの悲しくないことはない次第なのを、いっそうに悲しく何とも言いようがない。(「源氏物語の世界(渋谷栄一著)」より)
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源氏物語の【0の巻】と呼ぶにふさわしい本。きっと参考になりますよ。

空海の言葉〈1〉

如何が己身の膏肓を療せずして、たやすく他人の腫脚を発露すや。
『三教指帰』
[人の短所を言わず、自分の長所も自慢しない]

「なぜ自分の病気の治療もせずに、他人の脚の腫れ物程度のことをとやかく言うのか」自分の事を棚に上げて他人の事をとやかく言うな。という意味です。
ちなみに膏肓(心臓の下、横隔膜の上の空間)とは重い病気のことで、病気がこの膏肓に入ると、どんな名医も手が出せず不治の病になることから、「病膏肓に入る」と言うのも、医者が匙を投げるの意で使われます。
その気になればいくらでも他人の欠点が見えたであろう空海は「道うことなかれ人の短、説くことなかれ己の長」という中国のことばを座右の銘にし、弟子たちにも人の悪口や陰口を言わないよう強く戒
めていたとのことです。(引用:空海 黄金の言葉 (コスモ文庫))

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家紋市場で「目結紋」17柄追加しました

四角形の真ん中に白抜きの点がある目結紋は、染物の文様から発展したとされ、布を結んでから染める工程から別名鹿子絞りとも呼ばれています。
布を結ぶことが団結を意味するようになり、一族の結束を表す縁起のよい家紋とされました。
近江源氏の佐々木家は、一族が固い団結で結ばれるようにと願いを込め目結紋を使用し、現在も全国の佐々木家で用いられています。他には齋藤家、飯田家、能勢家などが使用している家紋です。
目結紋はバリエーションも多く、見やすくかつ地から図良いデザイン性に優れた紋柄が多くあります。中でも武田信玄が採用した武田菱が何といっても有名ですね。また、三菱財閥を起こした岩崎弥太郎も、藩主・山内家の三つ柏紋と岩崎家の三階松を合わせた寄せ三菱をつくり、会社の紋章と定めました。

目結紋柄はこちらよりご覧ください
日日是れ家紋-目結い紋8種

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