ぎこちない日々が何日か続いた・・・


町子は俺たちにすごく優しく接してくれた

俺は昔を思い出していた・・・


俺は九州の熊本で母親と二人暮らしだった

親父は母と幼かった俺を捨てて家を出て行ったらしい

親父のことは顔さえ覚えていない


町子の優しさは、俺の母を思い出させる

母親の子供にそそぐ愛情は万国共通なのだろう・・・


俺は町子の前だけは信吾になりきろうかなと、思っている。

町子の優しさに報いるにはそのほうがいいだろうと考えた。



信吾は少し離れた高校に入学していた為、毎日地下鉄で通学した。


すべてが見知らぬ顔、街、クラスメイト。

こういうときに記憶喪失の設定は、すごく助かった

人間関係も最初からつくっていけばいいからだ。

だけども・・・

まわりの奴ら・・・ガキすぎる。。。

男は、漫画、アニメの話・・・女は芸能人の話ばっかりだ

中学出たばっかりの青臭いやつらの集まりだからしょうがないか・・


しかし驚かされることがあった・・・

授業が面白い・・・

昔は学校さえろくにいかなかった俺なのに

今は授業を受けるためだけに、学校にきているようなものだ

しかも

驚くほど理解できる・・・いや、その上をいっていた

次に教わるであろう課題や、問題まで自然に頭に浮かび上がり

すべての教科でほぼ満点に近い成績をとることができた。


なんだか、脳がいろいろな知識を、食事代わりに欲しがっている・・・そんな感じだった。


幾日かが過ぎ夏休みに入った。


休みの日でも俺は図書館にでかけては本を片っ端から読み漁った。


そんなある日、町子からもらった携帯電話に着信があった。


田神からの電話で明日の昼過ぎからWOTで定期健診の通知で、

妹の智香と一緒にくるようにとの指示だった。


智香とはあれ以来、家の中でも一度も会話したことが無い。

事故のショックなのかわからないが、部屋から食事以外の時は出ようとしない。

学校にも行っていないみたいだった。


家に着くと、明日のことを告げるため智香の部屋をノックした

「どうぞ」と、智香の声


おそるおそる部屋に入る俺

少し薄暗い部屋だが、三台のパソコンのモニター画面の明かりが眩しかった。

座っている椅子から、こちらに振り返りながら智香が言う


「ふぅ。6千万弱の利益かぁ・・・

 あ、ごめんなさい。

 あなたが来たということは、定期健診の時期なんですね。

 明日ですか?」


なんだ?やけに冷静だな・・・6千万??

事故の事なんか、まるでなかったかのように・・・

これで小学生か?


俺は答えた

「あ、そう。明日の午後一時に田神が迎えに来るらしいよ。

 ところで、身体のほうは大丈夫なの?」


ニヤリと笑うと智香は言う

「すごく調子がいい。まるで生まれ変わったみたい」


なんだか意味を含む言い回しだった。


明日また昼過ぎに、この部屋に来ることを伝えると

俺は自分の部屋に戻った。


智香・・・

11歳だったよな・・・

あんな小学生いるはずない。

あの落ち着きと、人を上から見下ろす視線

あれは・・・


俺は智香も脳移植していることに、間違いないだろうと思った。


そういえば6千万とか・・・

まぁゲームの通貨マネーか、なにかだろうとは思うが・・

いや待てよ。。。今思えば・・あの画面・・・


とその時、

「トントン」とドアをノックする音


ドアを開けるとそこには智香が立っていた!


「あなたは何か変化は無いの?」


俺には少し心当たりがあったがその場は、何も無いと言った。


智香は言う

「まぁ、調べればわかることだから

 明日が楽しみですね。

 それと、明日、検査が終わって家に着いたら時間つくってもらえますか?」


俺も確かめたいこともあったので、了解した。


智香が部屋からでていくと俺はベットに横になり

明日がなんらかの分岐点になる予感を感じていた・・・。


季節は夏 いよいよ榊信吾としての生活が今日から始まる。


WOTの車で榊家まで向かう途中

田神は記憶喪失の件と、月一回の検査のことを念入りに忠告してきた。

あしらうようにうなずく俺。


車の窓から久々にみる街の風景がみょうに懐かしく感じた


しばらく走ると榊家に到着した

亡くなった父親が会社経営していたということもあり

それなりに大きな家だった車庫も庭もあった

玄関に向かいチャイムを鳴らすと今後の母親となる町子が現れた


「お帰り・・・信吾・・・」

泣きながら俺を抱きしめる町子

俺はどうしていいのかわからずただ、その場にたちつくした。


町子には俺の記憶喪失の話は伝わっているみたいだった。


町子は言う

「あなたたちは、ゆっくり記憶を取り戻していけばいいのよ、頑張りましょう」


あなたたち?

どういうことだ?

そういえば、信吾には11歳の妹がいたな・・・

確か資料によると信吾と一緒に事故にあっていたな・・・

その娘はどうなった?


「ピンポーン」

来客のチャイムが鳴る


振り返るとドアの前には白髪の女医と幼い少女が立っていた。


町子がかけよる

「智香!」

「おかえりなさい。今、信吾も帰ってきたところよ

 さぁ、二人とも、おあがりなさい」


俺は靴を脱ぎ家の中へ

途中、智香と目が合うが、すぐそらした


1階の応接間みたいなところでソファーに座る俺

その向かいに座る智香


田神は町子を呼ぶとなにやら話しているようだった。


その間、応接室には俺と、智香 そして白髪の女医の三人だけになった。

白髪の女医は智香と目を合わすと、かすかにうなずいたような素振りを見せ

部屋を出て行こうとしていた。


よく見るとこの女医は白髪ではあるが、まだ二十代前半くらいの女だ

顔のつくりにしても、プロポーションにしても、かなりのものだ

ただ・・・そういうことにまったくといって興味の無いような格好で

なにより清潔感がない・・・

まぁ、そんな事はどうでもいいとして

問題はこの妹、智香だ。

町子の言葉だと、智香も記憶を失くしている・・・

・・・!

こいつも俺と同じ脳移植なのか?

それとも本当に事故で記憶を失くしたのか?

俺の脈は早まった


その時、智香が話し始めた

「あなたも記憶を失くしたらしいですね?

 私の兄らしいけどこれからよろしくね。」


「あ・・あぁ。よろしく」

俺はそれしか言えなかった

智香は演技なのか・・・

これから、こいつと暮らしていくのか。

さまざまな憶測が頭をめぐった。


その後、個々の部屋に入ると見慣れないベットに横になった


智香の存在は俺にかなりの動揺をあたえていた。


三週間が過ぎ心の整理と心構えができた俺はそろそろ退屈していた。

色々な思いが頭をめぐる


今までの自分の事より、これからの新しい自分としての生き方を考えていた


新しい身体ということは、もう一度学生生活を送るのか・・・

まてよ

ということは、本来の俺とは倍以上歳のちがうガキ達と過ごす日々が続くのか

いやいや

それより、資料にあった信吾の母と妹とうまくやっていけるのか・・・

普通の家族とは書いてあったが、父親が事故死した今後、その家庭には生活資金はあるのだろうか・・・

ん?俺がバイトしたりとかして稼ぐのか???

タイムスリップした訳ではないので、競馬や宝くじなんてのは、あてにできないということか・・

ん~前途多難という訳か。


しばらくすると田神が現れた。

いよいよ明日から榊家での生活が始まるとのこと。

誓約書についての最終チェックが済むと田神は一呼吸おき、話し始めた


「今後は、基本的に自由に行動してもらってもかまわないが、脳移植を行った人体には

 必ずといっていいほど、何ヶ月後になるか、何年後になるかわからないが副作用が起こる。

 それは人によってさまざまだが、人体に悪影響を及ぼす変化もあれば

 プラスになる驚くべき能力を引き出す場合もある。

 毎月の検査は細かく行うが、自己申告も必ずお願いしたい。

 君にとってもすごく重要なことなので肝に銘じておいてほしい。


 いいかな。それでは、最期の体力測定に行こう。」


俺は小さくうなずいた。


田神がそういう話をするということは脳移植をしてる人間は、知られていないだけで

世間には沢山いるのだろうな。

副作用か。。。どう転ぶかは誰にもわからないか・・・まぁいいだろう。

新しい人生、堂々と生き抜いてやろうじゃないか。俺は覚悟を決めた。


個室を出て施設内のジムみたいな部屋へ連れて行かれ

色々な測定器や酸素マスクなどを身体に装着させられた。

室内でのストレッチくらいしかやってない俺には久々の運動だった。


準備運動をおえランニングマシンに乗ると、軽いジョギングから行われた

ここ五年くらい走ったことの無かった俺は不安を感じながらも走り始めた


すぐ息切れしていた俺の身体はすごく爽快だった

自分自身驚くほど身体が軽い

もっと走れる!もっと走れる!

スピードを上げてもついていける!

あの痛かった腰痛もまったく無くなっている


次々と測定メニューを難なくこなした


跳べる!動ける!思いどうりに身体が動く!


脳の移植だけで他の臓器、肉体はそのままだった為だろう。

俺は若かった頃の肉体を手に入れた。

信吾の身体はタバコも吸っていなかったらしく健康そのもので

まだまだ伸び盛りの成長期でもあり完璧な肉体だった。


流れる汗がこんなにも清々しいと感じることはなかった

俺は年甲斐も無く、はしゃいだ。




しかし驚くべきは、この脳移植を行った田神と、

もうひとりの白髪の女医師の技術なのだろう。



部屋に戻っても興奮さめやまぬ俺は、

いよいよ明日に迫った新生活のスタートの事を考えながら身体を動かし続けた。



WOTの施設での最期の夜は、こうして過ぎていった・・・