さださんの本で、『昭和に帰ろう』ってフレーズがあって、ふと昔の事を振り返ってみたりしてた。

私の思う昭和って、不便でいい加減で無神経だった。それが悪いコトばかりじゃないって今なら思える事も、当時は嫌だと思う事が多かったな~。

正月三が日はどこのお店も休みで、大晦日に買い忘れると4日の初売りまで我慢してたし、そこら辺のスーパーだって夜は7時くらいで閉まるし、毎週定休日があるのが普通だった。

電話も家にあるのはコード付きの黒のダイヤル式。友達に掛けるにしても、電話に出るのはお母さんとかたまにお父さんとかおばあちゃんとか。「○○と申しますが、●●ちゃんご在宅ですか」なんて段階を踏む必要があった。待ち合わせに遅れると連絡を取る手段も限られてて、駅には伝言板なんてモノがあって、『××で待つ』なんてのが一杯書かれてた。

不便が当たり前で、仕方なくて、あきらめるっていうおおらかさ(?)を持ち合わせてた。

時間といっても、今みたいな電波時計なんてなくて、多少遅れたり早くなったりしてたから、待ち合わせの行き違いや電車やバスに乗り遅れって、時々あった。

リアルタイムにやりとりするツールなんてなくて、雑誌にペンフレンド募集欄ってのがあって、文通相手を見つけて手紙でやりとりしてた。会った事のない人へかわいい便箋を買ってきて手紙書いて、切手買って貼って出して、相手に届いて返事が来るまで2~3週間をドキドキしながら待った。そんな気長なやりとりが普通だった。募集欄に住所や名前を掲載するなんて、個人情報うるさい今の時代じゃ、考えられないよね。

今だったら裁判沙汰になりかねないような、差別用語も飛び交ってた。それがいい事とは思わないけど、言ってる側は見たまま思ったままを言ってるだけに過ぎないって感じだったな。


世の中随分変わり、便利で精密で神経質になった。良くなった代わりに無くしちゃったものにも気づかされる。

便利が当たり前になると、ちょっとした不便にも対応できないし、我慢が出来ない。誰のせいだとか、謝罪しろとか責任取れって話になる。土下座の画像がネットに流れたりするんだもんね。

精密さ正確さは数値化され、誰かと比較されるし、ミスが無いよう予防措置としてやたらと分厚い注意書きが付いてきたり、後から追求されないように具体さを欠いた説明に終始しようとする。


世界は広くなったのか? 小さくなったのか? 平成の世はどこへ向かうのか・・・。


増税して、公務員のボーナス増えたんだってね~。政治家の身を切る改革って幻だったね~。

選挙演説聞いてると、夢みたいな事ばっかさもやりまっせって感じで言うけどさ、選挙済んで結果詐欺みたいじゃんって事も問題にならずスルーされてくのよね。

昭和の時代にしっかりした政治家を育ててこなかった。政治家も選挙で通る為の仕事してきてるから、ホントにやるべき事と向き合ってこなかった。借金が増え続けてる事、高齢化が進む事って随分前に分かってたはずで、もっと前にやるべき事があっただろうに。

成長ってさ~どうやって? 日本のどこかで金とかダイヤとか石油でも出てくりゃ、一発逆転狙えるのかもしれないけどさ、そんな夢誰が見る? ホントはもっと本気の覚悟がいるんじゃない?


明後日は投票日だね~。

昨日さむさむの雨ん中、学会さんが来たよ。いい神経してるね~。ダンナも学習したみたいで、テキトーに追っ払ってくれた(笑)


また寒くなるな~。