おはようございます。
BBブリッジの番場です。
BBブリッジではマイクロバイオームの創薬・診断応用について2014年11月に技術調査レポートを発刊しました。
「マイクロバイオームを利用した医薬品・診断技術開発の最新動向と将来展望」
先日、マイクロバイオーム研究の国内第一人者である東京大学大学院新領域創成科学研究科 服部正平教授に、マイクロバイオーム研究の現状と今後の方向性についてお話をお伺いすることができました。服部先生は2005年に日本ヒト常在菌メタゲノムコンソーシアムを立ち上げ、キャピラリー型シーケンサーを用いて日本人13名の腸内細菌叢メタゲノム解析の結果を2007年に発表されています(DNA Res. 2007 Aug 31;14(4):169-81. Epub 2007 Oct 3.)。これは発表時点では世界最大のヒトマイクロバイオームに関するデータで、服部先生は世界のマイクロバイオーム研究のパイオニアでもあります。服部先生にお伺いした話の概要について以下に紹介いたします。
1)マイクロバイオームの世界の研究動向について
マイクロバイオームの研究が世界的に活発になっています。世界ではアメリカ、フランス、そしてデータ解析を専門としている中国のBGI(深圳華大基因研究院)が中心です。日本ではここ2~3年で免疫分野における研究成果がnatureなどに発表され、研究が活発になっています。米国ではNIHのマイクロバイオームプロジェクトが現在第2期目に進んでいますが、フランスを中心に行われていたEUのプロジェクトMetaHITは1期で終了しています。
2)マイクロバイオーム研究の進展について
マイクロバイオームのための解析技術がサンガー法から次世代シーケンサーになり、今まではサンプルあたりメガ塩基程度のデータしか出なかったものが、現在は2ギガ塩基あるいはそれ以上のメタゲノムデータ出るようになっています。これにより腸内細菌叢の全体のほとんどがカバーできるため、研究が一気に進んでいます。
解析対象についても、当初メタゲノム解析をやり始めた時にはリファレンスがなく、配列を読んでも2割ぐらいしか菌種を同定出来きませんでした。その後、コンソーシアムで個別細菌のゲノム情報のデータベース化に取り組み、7,000株ほどのヒト由来のデータベースができました。今ではメタゲノム配列情報の8割ぐらいの菌種及び遺伝子が同定できるようになっています。
3)マイクロバイオームの解析方法について
マイクロバイオーム解析に用いる解析装置は次世代シーケンサーが標準です。解析方法は16S解析とメタゲノム解析に大別されます。例えば16S rRNA遺伝子データの取得ではメタゲノム解析よりもコストは安く、1サンプル1万円程度です。16S解析で得られるデータは細菌叢の細菌情報(菌の種類のとその量)のみで、細菌が持つ遺伝子の機能情報は得られません。16S解析はPCRを介を介しますが、このPCRにはバイアスがあるため解析の正確性はメタゲノム解析にくらべて若干良くないという課題もあります。一方、メタゲノム解析(ショットガンシーケンス)は工程にPCRを含まないため、正確性が高く、細菌叢の遺伝子の機能評価も可能という特徴があります。
実際の研究への応用については上記の特徴を活かし、まずは16S解析で健常者と患者の比較解析を行います。その後、細菌叢に何か違いがありそうであればメタゲノム解析でその菌の機能を深く調べます。
最終的にマイクロバイオーム解析を診断に応用するのであれば、その段階ではすでに菌種の同定や役割がわかっていますので、コストの安い16S解析を用いることになるでしょう。もしくは菌に特徴的な遺伝子マーカーが見つかればDNAマイクロアレイでもよいかもしれません。
4)マイクロバイオーム研究の課題
現在の腸内細菌を対象としたマイクロバイオーム研究の課題は便の採取です。患者は医師を介するので便の回収もやり易いですが、健常者の場合は研究のために便を拠出してもらうのはなかなか難しいという状況があります。また、健常者は自宅で便を採取することが多いですが、糞便には嫌気性細菌が多く含まれているため、便が空気に触れると細菌叢が大きく変わってしまうという課題もあります。糞便は保存条件や取り扱い条件が厳しいため手間がかかります。自分たちは空気の影響を抑えるため回収容器に脱酸素剤を入れています。
5)マイクロバイオームを利用した治療について
現在、マイクロバイオームを利用した治療法として便移植が注目されています。しかし、便移植の利用は一過的なもので最終的には健常者の細菌叢を調べ、20~30種類の細菌を同定し、その細菌を人工的に培養して医薬品として投与するという治療が主流になるのではないかと考えています。
また、食事等の外からの摂取物がマイクロバイオームに与える影響を調べ、エビデンスを確立することも必要です。病気になった時にマイクロバイオームに影響を与える食材あるいは添加物を使った食事を積極的に取ることで治療を行うということも実現するのではないかと考えています。
6)マイクロバイオームと人種間の違い
人種とマイクロバイオームの違いについて、様々な人種の腸内細菌のマイクロバイオーム解析を行いました。その結果、日本人と中国人は腸内細菌叢が大きく異なり、デンマーク人や中国人、アメリカ人は似ているという結果になりました。日本人に近いのはロシア人、スウェーデン人でした。この違いの原因を考えています。まずは食事を考えましたが、食事は日本人と中国人が近く、すべてをうまく説明できません。最近は各国における抗生物質の使用量が原因であるかもしれないと考えています。実際に中国とアメリカは抗生物質の使用量が非常に多いという状況があります。各国の抗生物質の使用に関する指針が腸内細菌叢の形成、つまりは病気の種類や発症率に深く関わっているかもしれないということです。
7)我が国におけるマイクロバイオーム研究の方向性
マイクロバイオーム研究において重要なのは大規模なコホート研究を行うことです。現在の論文のデータは多くて200~300人程度と被験者が少ないです。マイクロバイオーム研究では年齢ごとにデータを集める必要があります。これはヒトでは乳児から青年の成長の過程で細菌叢が完成してくると考えており、このため生まれてから高校生くらいまでは1年ごとに解析を行い、それ以降は5年ごとくらいの解析でもよいでしょう。これによってマイクロバイオーム形成に当たって重要な時期がより明らかになり、子供の成育や健康管理に生かすことができます。日本ではマイクロバイオーム解析を取り入れた大規模疫学研究のための準備は整っています。
また、東京大学ではマイクロバイオーム研究に関する寄付講座の設置を検討しています。実際に多くの製薬会社、食品会社、解析機器メーカー、検体処理関連企業、検査会社などがこの寄附講座に興味を持っています。
大変お忙しいところ貴重なお話をお伺いさせていただきました服部先生に深くお礼を申し上げます。
なお、服部先生らの研究グループが2007年に発表した論文は以下のサイトで無料入手できます。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2533590/