アラフォー世代の私の若いころには、「仕事は見て盗め」というのが常識として考えられていました。
しかし実際に自分が指導する立場になってくると、なんと非効率なことをさせられていたのかと身にしみて感じます。
仕事に関しての知識や目的を細かく教え、教わる側が必要な知識を備えた状態になった上で、実際の実務の進め方・動作を見せて教えていく。
このような指導を行う方が、教わる側も理解が早く、独り立ちするまでの期間が圧倒的に早い傾向があるように感じます。
まだまだ旧態依然とした指導方法も見かけますが、そういった指導を受けている人に限って「あいつは使えない」といった残念な評価をされ、別の指導者に引き継がれたり、中には仕事を辞めてしまったりしているのをよく見かけます。
そういった前任者からは良い評価を得られなかった人を引き継ぐことがよくあるのですが、いざ指導をしてみると真面目で素直な人が多く、使えないどころか逆にのみ込みが早い印象を受けます。
こういった経験から、自分の仕事やスキルを言語化できるところまで理解しなければ、指導する側に立ったところで人に教えることができず、結果的に「仕事は見て盗め」という無責任な言葉を発してしまうのかなと思います。
「仕事は見て盗め」という言葉をよく使う人は、自分の仕事について分析せずに感覚でやってきたために、結果として何かを教えているように錯覚できる【精神論を語りたがる】といった特徴があるように思います。
しかし、やる気や精神論は人から教えられるものではなく、仕事を覚えていくにつれて自然と楽しさややりがいを見つけ、自分の中で変化していくものだと思っています。
上に挙げたような例は、業種により仕事の内容が異なるため全てに当てはまるわけではないでしょう。
テクノロジーの進化と共に、多くの情報を短期間で得られるようになってきました。
若い世代の人たちは多くの情報を処理でき、私たちの若いころに比べて頭の回転が速い人が多くなってきました。
自分の発想や思考力が時代に追い付けなくなってきたときに後を託せるよう、自分を追い抜いていく人達を多く育てたいと思う今日この頃です。


