『春日龍神』
今週から、『春日龍神』の
謡稽古が始まります。
実は、10年ほど前に
一度稽古している曲
です。
以下、the能.comより。
あらすじ
「京都、栂尾に庵を結ぶ明恵上人は、
入唐渡天(中国、インドに渡り、仏跡
を巡ること)を志し、暇乞いのため、
奈良の春日大社に参詣します。
春日大社で、明恵は一人の神官と
思われる老人に出逢います。
明恵は老人と言葉を交わし、このたびの
参詣が、入唐渡天のための暇乞いである
ことを明かします。
すると老人は明恵に、日本を去ることは
神慮に背くことになると言い、引き止めま
した。
明恵が仏跡を拝むためだから、神慮に背く
はずがないと反論しますが、老人はさらに
引き止めました。
今や仏も入滅されて時が経ち、天竺や唐
に行くのも御利益があまりないことで、今や
春日山が霊鷲山と見なされ、天台山を擬し
た比叡山があり、五台山になぞらえられる
吉野金峰山もある、というように日本に仏跡
と見なされる場所がたくさんあって、仏教も
広まっている、と他国に行く必要のないこと
を強調します。
ここまで言われて、明恵も心を改め、これ
を神託と受け止めて、入唐渡天を思いと
どまりました。
老人は、入唐渡天をやめるならば、三笠山
に天竺を移して摩耶(釈迦の母)のもとでの
誕生から仏陀伽耶での成道、霊鷲山での説法、
沙羅双樹の林での入滅まで、釈尊の一生を見
せようと告げ、神託を授けに来た時風秀行とい
う者だと言って消えていきました。
神託の霊験はあらたかであり、早くも光が
射し、春日野の野山は。あたり一面、金色
の輝く世界となりました。
草も木も仏に変わる不思議な光景が現れた
のです。
そこに龍神が姿を見せました。
釈尊の説法を聞こうとやってきた八大龍王
が、眷属を引き連れて法華の会座に座りま
した。
そのほか多くの神々も現れ、同じく会座に
座りました。
やがて龍女が舞を舞い、三笠山では釈尊
の一生が映じられ、明恵も入唐渡天をすっ
かり思いとどまりました。
どれだけ尋ねようとも、この上はないと、
そう言って龍女が南へ去ると、龍神は
猿沢池に飛び入り、消え去りました。」
明恵は鎌倉時代の僧で、修行に励み仏道を
追究する一生を送りました。
明恵は一般には華厳宗の中興の祖と目され
ています。
今週土曜日は、久しぶりに
能を観賞します。
ここ数年、お世話になっている方から
招待券を頂いています。
俺が稽古している金春流とは
異なる観世流ですが、先日
まで稽古していた『海士』(海女)
が上演されるので楽しみです。
最近のアジア飯
夜はワイン処。
昼は、ランチ処。
俺はランチでワインを
飲んでるけど(笑)。
ランチセットに付いている
赤ワイン1杯だけどね。
ここは、JR水道橋駅すぐ
そばの「ワイン処Oasi」。
毎週火曜日と木曜日に
通っています。
通い始めて1年半ほどと
なります。
午前中の勤務を終えてからの
ワインは美味い。
バイトは、午後もあるけどね(笑)。
背徳ワイン。
そんな大げさなものではないが(笑)。
ともかく、ここの料理は美味しいし、
ランチセットのドリンクでワインが
選べるのも嬉しいし、
オーナーシェフとホールの女性の
サービスも心地良く、
料理のボリュームも大満足。
そして!
具沢山の大椀味噌汁も
二重丸。
いつもご馳走様です!!
お江戸をほっさるく(ぶらぶら散歩する:宮崎弁)
自宅最寄りの駅構内に
貼ってあったポスター。
おお、俺が3年ほど前に奥秩父の
山々に登るために立ち寄っていた、
埼玉県小鹿野町。
町歌舞伎の盛んな町。
俺が住んでいる練馬区の
昔の写真集が発売された
ようです。
俺が生まれた頃の写真が
多いです。
俺は九州宮崎の田舎町の
出身ですから、
こんなにモダンでハイカラな
光景ではありませんでした。
でも、共通する部分もあって、
懐かしさも感じます。
こんな景色は猶更ですね。
俺の田舎でこんな場所が
あれば、ばあさん達は必ず
腰巻を捲り上げて、立小便を
してましたね(笑)。
凄い葬列ですね。
我が町の葬列は、別の
意味で凄かった。
それについては追々。
自宅の近所は、
谷原(やはら)といいます。
神保町で見掛けたポスター。
な、な、なんだ!
頭脳警察だと!?
リーダーのPANTAは、2年前に
惜しくも亡くなられたのに!?
相棒のとしさんは、出演されず、
どんなメンバーで演るのか
分かりません。
演奏曲はPANTAをリスペクトし
頭脳警察を愛する渡辺えりさん
が選曲されるそうです。












































































