バザラスからのアジアン紀行 -35ページ目

にゃんず

成増でにゃんこを見つけた。

 

野良か飼い猫か分からない。

 

あっちこっち、行ったり来たり。

 

落ち着いた振舞だから

飼い猫か。

 

だんだんと、

 

こっちに近づいて来た。

 

おっ、挨拶してくれるかにゃ?

 

と、期待したが、するりと

脇に逸れた。

 

猫らしい(笑)。

 

猫だもん(笑)。

 

ここが定席。

 

庭に猫小屋のあるにゃんこ。

 

日向ぼっこ。

 

こちらは自宅近所。

 

屋外の猫小屋で飼われている

にゃんこ。

 

もう一匹、黒にゃんもいる。

 

ペットショップ。

 

おまけ。

密なる華に生きる空海 その3

これまで二日間にわたって、

紀元前約500年前から、

その後の1000年間ほど

 

駆け足で思想・哲学、宗教の

足跡を辿って来た。

 

随分乱暴な取り上げ方で、

間違いや、現在の歴史学

では容認出来ない個所も

あると思うが、

 

そのあたりはご容赦願いたい。

 

また、空海の創始した真言密教には、

ユーラシア各地の神話や呪術等も

関連してくるが、そのあたりの事情は、

後日お届けしたい。

 

804年、空海が遣唐使船に

乗って渡った中国の唐。

 

空海が滞在したのは、その

唐の都である長安。

 

いったい、当時の唐とは

いかなる国だったのか?

 

現在の歴史学では、386年の北魏建国から

907年の唐滅亡までの約500年間にわたる、

鮮卑拓跋部を支配層のルーツとする中国の

歴代王朝(北朝諸王朝、隋、唐)を、総称とし

て拓跋国家と言います。

 

鮮卑拓跋部とは、モンゴル高原を

中心に、モンゴル系やトルコ系

などの騎馬遊牧民が連合した

国家だそうです。

 

つまりは、唐と言う国は純然たる

漢民族の統一国家ではなかった

ということです。

 

中国には、漢民族による

統一国家の一貫した通史は

ありません。

 

北方、西方の騎馬遊牧民による

中国支配が通史を分断し続ける

為に、継ぎ接ぎだらけの通史とな

ります。

 

さて、長安にはインド、ペルシャ、中央アジア

など世界各地から多くの人々や文化、宗教が

集まっていました。

 

唐の時代の主な外国宗教には、

景教(キリスト教ネストリウス派)、

祆教(ゾロアスター教)、マニ教が

あり、これらはまとめて「三夷教」

と呼ばれ、手厚く保護されていた

ようです。

 

景教教会は当初ペルシャ人によって

景教がもたらされたことから「波斯

(ペルシア)寺」、のちに「大秦寺」の

名で各地に建立され、祆教(ゾロア
スター教)もゾロアスター教寺院や

礼拝所(祆祠)が主要都市に設け

られていたのです。

 

マニ教(明教)も同じく主要都市に

マニ教寺院が建立されています。

 

外来宗教の中でも、仏教は特に栄

えており、様々な宗派が存在して

いました。

 

唐代では経典の新訳が行われ、その

研究が進んだ結果、どの経典を重視

するかによっていくつもの宗派に分か

れ、中国独自の発展をする宗派も現れ

ていた。

 

主な宗派では、華厳宗、律宗、法相宗、

浄土宗。

 

そして、加持祈祷を得意とする

密教は、当時のニューウェイヴ

として流行していたようだ。

 

また、この時代に禅宗も独自に

発展している。

 

そんな外来宗教や仏教のバックグランド

が展開されていた唐の都・長安に空海は

現れたのです。

 

今日まで3回に亘って記事にして来た

内容は、イントロダクションです。

 

この後、空海と真言密教に肉薄して

いきたいと思いますが、俺にはまだ

まだその力量が足りませんので、

暫くの間更に研鑽して記事にしたいと

思います。

 

いつか続く(笑)。

 

密なる華に生きる空海 その2

紀元前約500年前、

 

今から約2500年前、

 

ユーラシアの広域に於いて、

複数の賢人・哲人が出現し、

異なる傑出した思想・哲学・

宗教が誕生した。

 

その時代は、「知の爆発時代」

「枢軸の時代」と言われている

と昨日の記事に書いた。

 

その数百年後には、中東ナザレでキリスト教、

イランでは、ゾロアスター教、そしてキリスト教、

仏教などの流れを汲んだマニ教、その他にも

ミトラス教等の宗教が生まれている。

 

キリスト教が誕生して約600年後に、

アラブの地でイスラム教が誕生する。

 

空海が入唐した804年、

キリスト教は西アジアから

ヨーロッパへと信者を広げ、

中国へはキリスト教・ネスト

リウス派が景教として布教

活動を活発化させている

時代。

 

キリスト教に遅れること約600年後に

生まれたイスラム教は、イスラム国家

として怒涛の版図拡大を遂げます。

 

8世紀末から9世紀中頃にかけて、

イスラム・アッバース朝は北アフリカか

ら中央アジアに及ぶ広大な領域を支配

しました。

 

正にイスラムの黄金時代で、

文化、科学、経済が特に栄

えた時期でもあったのです。

 

昨日述べたギリシャ哲学は、この

イスラムに引き継がれ、アラビア語に

翻訳されて学究を深めていきます。

 

ヨーロッパではありません。

 

イスラム教徒達は、商業にも

長けており、全ユーラシアから

北アフリカ地方まで商業ネット

ワークを確立します。

 

当然、空海が滞在した当時の

唐には、多くのイスラム商人が

駐留していたことでしょう。

 

漢語に通じ、サンスクリットも

齧っていた空海ですら、当時の

唐のインターナショナルな人々

や、

 

その人々らが話す言語、その人々らが

もたらした思想、哲学、宗教などに

目が眩む思いだったのではないで

しょうか?

 

つづく。

密なる華に生きる空海 その1

約紀元前5世紀頃、

 

ユーラシアの広域で、賢人・哲人が

出現し、現代にも続く思想・哲学・

宗教が誕生した。

 

主な者や宗教・哲学では、ギリシャの

パルメニデス、ソクラテス、プラトン、

アリストテレス。

 

イランの、ゾロアスター、ユダ王国の

ユダヤ教、

 

インドのマハーヴィーラ(ジャイナ教)、

釈迦(仏教)、そしてウパニシャド哲学。

 

中国では、孔子・老子・荘子・列子、墨子

と諸子百家の時代を迎えている。

 

この時代の事を、「知の爆発時代」

または、「枢軸時代」ともいう。

 

枢軸時代とは、ドイツの実存哲学者

ヤスパースが、1949年に発表した

『歴史の起源と目標』の中で提唱し

た概念。

 

枢軸とは、地域的な文明圏を越えて、

ほぼ同時期に人間が神話的な認識

から人間自身を認識するという大き

な転換があったと考え、

 

「世界史の転換の軸」という意味

での枢軸だ。

 

その枢軸の時代から約1300年後に

真言密教の開祖である空海は

この世に生を享けた。

 

約2500年経った2025年の現代でも、

上記に挙げた枢軸時代の賢人・哲人

達の影響は甚大だから、

 

空海が生きていた時代への影響は、

現代より濃密だったろう。

 

枢軸の時代の中国やインドで生まれた

思想・哲学・宗教は、空海が生まれた

日本に既に伝わっていたが、

 

803年、当時ユーラシアの国際都市

のひとつであった中国・唐に渡った

空海は、ユーラシアの西に1300年前

に生まれた思想・哲学・宗教とも

出会うこととなったろう。

 

つづく。

さようなら&ありがとう!ジミー・クリフ

ジミー・クリフ Jimmy Cliff 

 

2025年11月24日ジャメイカ・キングストン

で死去。

 

81歳。

 

死因は妻によると肺炎からの発作だという。

 

1944年7月30日ジャメイカ・セントジェームス

生まれ。

 

レゲエ・アーティスト。

 

ジャメイカのローカル音楽レゲエを同世代

のボブ・マーリーとともに世界に広める

一翼を担った。

 

 

 

俺が洟を垂らしていた20歳の頃、

ジミー・クリフ主演の映画

「ザ・ハーダー・ゼイ・カム」

が渋谷の広場に仮設された

テントで上映された。

 

俺にとって初めてのジャメイカ映画

であり、レゲエ映画でもあった。

 

当時、尖がりまくっていた

ロック・ミュージシャン達も

来ていた。

 

23歳の時には、ロンドンで

ジミーのLIVEに行った。

 

2015年の東京LIVEにも

行った。

 

以下、関連サイトより。

 

ジミー・クリフはインタヴューで

こんなことを言っている。

 

「ある男が俺のところにやってきてこう言った。

 『俺は学校をドロップアウトしたが、あんたの

 ”You Can Get It If You Really Want”(本当に

 それを望めば、手に入れられる)を聴いて、

 学校に戻る決心をしたんだ。

 

そして、今は、学校の教師だ。

 

あんたの音楽を自分の生徒たちに教え

てるんだよ』 これこそが、俺にとっては

ビッグ・サクセス(大成功)なんだよ」

 

ジミー、さようなら。

そして有難うございました!

 

合掌。